NEVER GREEN age15 vol.9 ---地上と言う名の過去
| 久しぶりの、空への任務が来た。 飛ぶのは明後日。上官の話によれば、戦闘になる確率はかなり高いだろうということだった。 しかし隣のチームと合体するわけではなく、あくまで二機だけで出撃するのだと言う。 ということは、相手が出してくる数もだいたい同じだというわけだ。 どうして、あらかじめ敵機の数が分かるのか。 どうして、図られたように同じタイミングで双方が飛ぶのか。 分からないことばかりだが、同時にそんなことは俺にはどうでもよかった。 戦争なんてものは、平和や温もり、緩慢や怠惰の正反対に属するものだ。此れ等がどれだけ得難く、貴重で重要なものかを知らしめるために一部の企業が独占する形で戦争はパフォーマンスされている。 だから俺は、軍人ではなく戦闘機乗りで、しがない企業戦士だ。旧時代的な言い方をするなら、サラリーマンというところか。 此の戦争が何処までプログラミングされているのか。そんなことを知っているのは企業の上の上の方のほんの一握りの人たちでしかない。別に俺は、そうなりたいわけではないし、其れを知りたいわけでもない。 飛べれば、それでいい。 戦争を大局的に見て、どのチームがどれぐらいの飛行機を持っていてパイロットが何人居て。次にどんな規模の戦闘があって、其処にどれだけの火力を注ぎ込むのか。決めるのがきっと本社の人間のすることだ。だからきっと彼らはとてつもなく忙しくて、飛行機になど乗らないのだろう。 ずっと地上に居て、ああだこうだと繰り返す。汚い地上で、綺麗な空について考えるから。きっと羨望と嫉妬と猜疑心がない交ぜになって、戦争はどんどん肥大していくのだ。 まだ前線に立って半年かそれくらいしかないけれど、徐々に出撃頻度は高まってきたし、このチームが管轄するエリアは広くなっていく。それくらいなら分かる。つまり、戦争が大きくなってきたということだ。 けれど、それだけ。 戦争が大きくなって、それで多く散華に乗れるのなら異論はない。 有利なのか不利なのか。勝ちそうなのか負けそうなのか。 何故飛ぶのか、如何してダンスをするのか。 親指が、愛するように優しくトリガーを撫でる意味は。 どうでもいい。 死ぬのなら、空で死にたいだけ。 死ぬのなら、精一杯戦って美しく散りたいだけ。 だからその為に、強くなるだけ。 これだけの簡単な図式すら、本社の人間には分からないのだろうか、と思う。 戦争に関わりの無い、この国の多くのいわゆる民間人と呼ばれる人たちは、いったい何処で死ぬのだろう、と思う。 エゴと欺瞞と欲と虚栄心。数え切れないほどの汚物で塗れる地上で、どうして朽ちたいと思うのか。 考えても、きっと俺には分からない。 だから、いつもすぐに考えるのをやめる。 考えても意味が無いのだと、思い出す。 子供の頃から見てきた、母の顔を思い出す。 何か俺が言う度に、怯えるような、苦しむような眼をしていた母。 戦闘機乗り、という職業を知った時に。迷いなく志した俺を見て、やっと心から安堵した顔をした母。 「ああだから、貴方は他の子と違っていたのね」と、初めて俺に笑った母。 カンカンカンと高らかに響く、ブリキの階段を降りる。 一つ音を出す度に、記憶の中で母の顔が歪んでいく。 結局母が教えてくれたのは、母にとって空と戦闘機乗りは、美しくも無く理解できないものだと言うこと。 そしてそれが、母の言い分では『普通』と呼ばれる思考だと言うこと。 つまり俺が、俺で無いもののことを考えたとして、理解できるはずがないのだ。 それだけのことなのに、いつもふとした瞬間に忘れてしまう。 周りが戦闘機乗りばかりで、少なからず波長が合う所為なのかもしれない。 別に俺は、いつまでも飛べればよいのだから。他がどうであったところで、構いはしないのだけれど。 自室の扉をそっと押し開く。 遠慮する理由は無いはずなのに、音を立てるのが極力憚られた。 二段ベッドの下。間違いなく俺の寝床である、狭い四角形。 其処に被せられた布団が、規則正しく上下している。 陽は、もう直ぐ中天に差し掛かる。 今朝。気付けば二人裸のまま、一枚の布団を分け合っていた。どうしてそうなる話になったのか覚えていなかった上に、キラは固く、目を閉じたままベッドの端に丸まって熟睡していた。 只、その頬にくっきりと乾いた涙の線が残っていて。 昨晩自分がしたことの意味を、正確に捉えられているのか自信が持てなかったのだ。 請われるがまま、抱いたつもりだ。 最中一度も否やを言わなかったのはキラだし、絶頂に達した数なら俺より遥かに多い。 本当に只のひまつぶしなら、こんなにキラを気遣ったりはしない。 只キラは、最初の最初から。まだ互いに触れ合う前、相対して立っていただけなのに、もう泣きそうな顔をしていたのを覚えているから。 また何時ものように、何かを捉え損なっているのではないか。 寄越した期待と裏腹のものを、キラに返したのではないだろうか。 疑念が消えなくて、キラが起きた時にどう言えば良いのか分からなくて、ずっと此の場所。キラが寝ている数メートル先で、立ち止まってしまう。 「僕を、地面に繋いで欲しい」 昨夜の声が、響く。 戦闘機乗りのくせに、噂になるほど強いくせに。 どうして、地面などに。 薄汚れた、こんな場所に何があるのか。 自問するまでもない。数限りないものが地面にはある。だから、汚い。ありすぎる。無い方が、綺麗だ。空の方が。 知らず、溜息が出た。 ふと窓の向こうを見れば、誰もいない滑走路が伸びているのが見える。 少々走って来ようか、と思う。明後日に飛ぶのだ。それまでに、しておいて損にならない数少ない一つ。 欠かせないのは、格納庫に寄ることだ。整備士と、両翼の傾きとエンジンの調子について話をしたいと思う。 前のダンスの帰りに大仰に散弾銃に撃たれた所為で、調子が悪くなったらどうするんだとぼやかれてしまった。 本当に悪くなったら困るから、そう言われたら見に行くしかない。 布団にもう一度目をやる。先ほどと同じ速さで、それが上下している。 踵を返す。 明後日。 キラ・ヤマトと、初めて羽を並べる日。 |
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