NEVER GREEN age15 vol.10 ---MINTSKY's fine play






 まったく。全てが予め含まれていた通りだというのもむかつく話だが、それが此方の不利なように予想外だと云うのもむかつくものだ。
 つまりは、此方が偽情報に踊らされた事にならないだろうか。

 どうしようかと、ヤマト機をちらりと見る。一人で決められる問題ではない。既にレーダーは警戒態勢に突入しているし、 そろそろ決めなければ前方に敵の機影が見えてしまう。
 しかし、この状況は。
 ダンスは大歓迎だし、せっかくキラと飛べるこの機会に、手ぶらで帰るのは確かに惜しい。しかし、ダンスは相手との力量が、互角だからこそ興奮するのだ。
 予め勝ちが見えているのはつまらないけれど、負けが見越されているのは胸糞悪い。

 キラが全く此方を見ようとしないので、仕方なしに無線に手を掛ける。
 本来なら、相手に聞こえてしまうこの位置で無線はタブーだ。
 けれど、意思疎通が図れないのでは連携もなにもあったものではない。

「ミントスカイ。ダンスの相手が悪い」

 無線が届いていないはずは無いのに、ヤマト機の速度は落ちない。
「ミントスカイ」
 再度呼ぶ。何しろ此方は二機なのに、敵の機影はどう見ても五機だ。マニュアル通りなら、相手が倍以上の数の場合ならば敵前逃亡も作戦に当たる。
「ミント…」
「煩いよ」
 唐突に、無線が返された。
「一人三機くらい、きみなら落とせるでしょ」
 間違いなく、敵を挑発している。此方の数を敵も把握しているだろうから、性質が悪いにも程がある。おまえらなんてお呼びじゃないと、言外に切って捨てて遊んでいる。
 地上の、おとなしくて控え目なキラからは想像できない物言いに、少しだけ驚いた。

 なるほど、空に上がると人が変わるタイプか。

「善処する」
 俺にだって意地はある。腹が決まって、右手の親指が嬉しそうにトリガーを撫でる。

「結局はさ、戦う為に飛ぶわけだし」

 その通りだ。キラのその言葉を合図にしたように、下方の雲の中から敵がその姿を現した。

 染赤に似た、重心が後方にあるタイプが三機。
 それと、散華ほどでもないけれど、軽量タイプの戦闘機が二機。そのどれもがまっすぐに此方に向かって来る。

「じゃあ後でね、オールジャム」
 キラは楽しそうに俺のコードネームを呼ぶと、くるりと反転して下に降りて行った。
 全く、無茶なのか自殺行為なのか作戦なのか。
 何も考えてなさそうだなと、薄らと思う間にこちらもターンして機首を上に向ける。
 此方は散華が二機だ。染赤ほどの安定性が無い代わりに、誰よりも軽く空を飛ぶ機体。
 有利になる上を譲ってくれたのだと、気付いて一つ舌打ちをした。
 まったく。無意識にでも、俺を下に見ているのだろうか。
 
 予想通り、軽量型の二機が俺を追って上って来る。挟まれると厄介なので、とりあえず引き離してトルクを絞る。
 重層を落とす。
 エレベータを引いて、更にターン。背面になって敵に向かう。
 
 さあ、ダンスをしよう。

 敵も、機首を上げて向かって来る。
 すれ違う。まだ撃たない。
 もう一機が、様子を窺うようにやや遠方を飛んでいる。
 一対一を気取るつもりか、それとも囮にすぎないのか。

 エルロンを絞る。グリップを差し替えて、潜る。
 追って来る。下のキラ達の邪魔をする前に、エレベータを細かく引いて減速。
 エンジンの低い振動。
 海が見える。水面が、太陽を反射して煌めく。
 その反動で思い切りグリップを回す。
 後尾に隠れるように、敵の影を確認。
 上昇。
 もう一機が見えない。影になる雲の位置を確認。
 キャタピィ越しに、太陽の熱を感じる。
 ターン。
 一瞬で機首を反転させるのは、秘かな俺の特技。
 唐突に、敵が眼前に飛んでくる。
 
 撃つ。

 すれ違う。
 反転してエルロンの調節。無茶な飛び方に、エンジンが唸りを上げる。
 もう一機を探す。
 いない。やはり雲しか考えられない。滑らかに昇り、散華でいける限界から見下ろす。
 先ほど撃った敵機は、煙を上げて落ちていくところだった。
 下は地上ではない。
 良かったな、と僅かに思う。
 潰れたり、燃えたりしない。静かに、沈んでいける。
 雲が晴れる。いない。
 おかしい。
 まさか、ヤマト機に四機向かったのだろうか。
 咄嗟に機首を下ろし、辺りを窺う。
 だいぶ下の方で、ダンスの模様が雲に映っている。
 漆黒の小さな点が、白い雲をぐるぐると回る。

 いない。
 どこだ。見上げる。キャタピィ以外に、何処までも青い空。
 くらりと、その広さに眩暈がする。
 油断した。今は、ダンスの最中だ。
 相手を見失うなんて、失礼極まりない。
 更に降りる。
 油圧確認。
 エレベータを緩める。
 瞬間、左翼を何かが掠める。
 撃たれた。
 何処からだ。
 狙われている。
 そのままエルロンをオーバー。
 おそらく、上から。
 機影を探す。
 水面に、微かに映る色味。
 水飛沫を立てようかという低さから、一気にギアをチェンジ。
 エルロンとコイルを同時に逆転させて、機首を斜め上に向ける。
 一気に上昇。
 敵機を確認。
 悠然と見下ろされる。
 強い。
 左右に翼を揺らす。
 ターンは危険だ。読まれている。
 今か今かと、右手がトリガーの上で期待する。
 コイルだけ逆向き。
 七十度程機首を傾けて、更に昇る。
 撃たれる。
 右翼の装甲が飛ぶ。
 問題ない。
 追い付く。
 敵機のターン。
 視界の端で確認。背面で追う。
 トリガーを一瞬、愛撫。
 当たった。
 確信。
 同時に、衝撃。
 離脱。
 敵機の高度が落ちる。
 エンジンから煙。
 親指。
 これで致命傷。
 海面に達する前に、爆発するかもしれない。

 燃料、エンジン、油圧確認。 
 問題ない。
 両翼を動かす。
 特に目立った損傷はないようだ。
 高度を落とす。ヤマト機が、ダンスをしているのが見える。
 一機しかいない。二機は、既に落としたのか。
 ヤマト機が、ターンと背面、反転をものすごい速さで繰り返す。
 敵機が付いていけない。それでも、上下に巧く飛んでヤマト機の隙を狙っている。
 人が乗っていると思えない。ヤマト機はまるで、風に煽られた玩具のように空を舞う。
 かと思えば一瞬で間合いを詰める。背面で、ぶつかる様に正面に躍り出る。
 まず敵が撃つ。
 掠りもしない。背面だからか。
 続いて、ヤマト機が撃つ。エンジンを直撃。
 擦れ違う。
 敵機は、既に煙を上げて梶をなくしている。
 ヤマト機が、もう一度反転。

 此方に気づく。 
 昇って来る。

「オールジャム、おつかれ」
 無線が入る。予想とはどれも違う、明るくて朗らかな音。
「ミントスカイ、僥倖だな」
「きみこそ。こっちは皆同じくらいの強さだったから、リーダーはきみが落としたんじゃない」
 楽しそうな笑い声。そうかもしれない。それでも、今見せられたキラの飛び方は俺にはできない。
 二機も落とすなんて稀な戦果だ。しかし、喜べるはずがない。
 眼前で三機落とされて、余裕な笑い声を聞かされて。
 嫌な汗が、背中を伝う。
 ダンスの時には、全く感じなかったのに。
「…そうか」
 急速に、熱が冷えていく。
 ヤマト機が意味も無く、くるりとターンしてみせる。

「帰ろう」

 屈託なく言うので、如何返すべきなのか分からなかった。
 空は間違いなくキラのものだ。自然に思ってしまう自分が、半端なく歯痒い。

 無言で座標を合わせ、梶を調節する。
 そうして俺の後方に回ったヤマト機から、素っ頓狂な声が漏れた。

「ちょっと、ちょっとねぇ!!」

 今度は何なんだと、意味も無く頭を巡らせる。
 キラは機体を横に並ばせると、キャタピイの中で、そこそこと大袈裟に此方を指さしてくる。

「燃料!漏れてるよ!!」

 反射的に燃料計を確認して、驚く。
 先ほど確認した時の、ざっと半分までになっている。

 敵機からの、最後の振動。弾道を完全に読んでいたわけじゃないから、おそらく。

「くそ…!」

 被弾に気付かないなんて。
 怒りと羞恥で言葉を無くす。
 その横で、キラはてきぱきと此方に指示を寄越した。

「高度下げて!ギアはニュートラルでエルロンは最大。せっかく勝ったんだから、一緒に帰ろうね!!」

 反射的に指を動かす。
 勝った。その事実に、言われて漸く気が付いた。
 
 五機を二機で落とした。けれどその結果よりも、経過がどうしても頭を占める。

 キラ・ヤマト。信じられないほど、軽い飛行だった。









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