NEVER GREEN age15 vol.8 ---空と戦闘機のダンス






 もうシャワーを浴びてからだいぶ時間が経つはずなのに、鼻先を掠めたキラの茶色の髪はふわりと石鹸の匂いを放っていた。
 どうしてだか分らない。が、キラは俺の胸の辺りに顔をうずめて、本気らしい力でその腕を背に回してくる。

「…キラ?」

試しに名を呼んでみる。これが仮に酔った上での行動ならば、さっさとベッドに放り込まなければならない。

「おねがい…」

 消え入るように紡がれる。けれど呂律だけは、やけにしっかりしているから酔っているわけではないのだろうか。
 どうして良いか分からずに動かずにいたら、やがてキラの腕が更に強まった。どうやら、本当に冗談で済ますつもりはないらしい。
 それでも、眼下の薄い背中を抱き返すべきなのかどうか判断しかねて迷う。
 好きとか嫌いとか、地上特有のつまらない感傷に囚われるつもりは無い。それ以前の問題として、俺自身に切羽詰まったその類の欲求を今はちょうど持ち合わせていない。わざわざ同性を相手にするほど、好奇心があるわけでもない。
 けれど此処は、同室のよしみというやつなのだろうか。面倒事ばかり、と悪態を付かせてきたキラの、これもその延長線なのだろうか。

「分かりやすい理由が、要る?」

 待ちくたびれたのか少しだけ顔を上げて、キラはそう首を傾げた。もうその表情には先ほどの焦燥は僅かも感じられない。何かがふっきれたのか、金で体を開く街の女のような顔をしている。
 全く。キラから誘って来たくせに、押し倒せと言うことか。
 それとも誘ったのは自分だから、痛い方を引き受けると言いたいのか。

「ひまつぶし」

 分かりやすさなら抜群だ。そう落とせばキラは、まるで色事とは無関係な柔らかさで、ぴったり、と笑った。

 何気なく部屋を検分して、キラのベッドは二階だし、其処に二人で上がるのは余りに滑稽だからと除外すれば。しかし残った選択肢として自分のベッドを汚すのは気が進まなかったから、キラをデスクに座らせた。積んであった雑誌を払い落とす間、キラはされるがままにおとなしく、けれども先を急かすように甘ったるい目で此方を見てくる。これまで何度も同じ部屋で時を過ごしていたというのに、如何して今だけ、キラはその手の衝動に動かされているのだろう。
 分からなかったけれど、次の瞬間にはもうどうでも良いことだった。考えて分かる事なら、最初から分かっているのだから。

 多少強引にズボンを剥ぎ取り、足を割る。其処にはやはり同性である証が、まだ何の刺激も与えられないまま寒さにひくひくと震えていた。あまり其れを凝視すると欲より好奇が勝ってしまいそうで、隠すようにキラを抱き締めた。
 露わになった腰からシャツの中に侵入し、背中を撫でる。体つきはどう触っても女のそれではないが、かと言ってきめ細やかな手触りに内心で悪くないな、と思う。再び腰を撫でさすってから、親指で軽く、両の尖りを潰せば驚くほど大きく、キラの肩が快感に跳ねた。

 それから、両の手は止まらなかった。時にはキラの耳を舐め、ももを擦り。そろそろと伸ばした左手でゆるゆると中心を扱けば、その時には既に殆ど立ち上がっていたそれは歓喜にうち震えて、先からだらしなく涎を垂らした。
「キラ…」
 明らかに、初めて開かれる体ではなかった。
 経験があるわけではないが、それでもはっきりと実感できるほど。
 キラの体は、蹂躙されることに飢えていた。

 デスクの端に腰を落として、されるがまま足を開いて恥部を此方に見せつけてくる。耳を舐める度、尖りを潰す度。中心に何らかの刺激を加える度にキラの肩は飛び上り、もっととねだるように腰をくねらせる。
 一度イかせれば良いのだろうか。そう思ってやや強く擦っていたら、何故かキラの右手に柔らかく手を抑えられ、跳ねる息の中で違うと首を横に振られた。

「中、入れて…っ!」
 
 切羽詰まった声は常より掠れていて、キラの快感を分かりやすく伝えてくる。
 一瞬どうすれば良いのか途方にくれたが、キラが望むものの理屈は分かる。後は何らかの過程だけだと、キラの中心をてらてらとぬめりながら流れ落ちるそれを指で掬い上げ、ゆっくりと更に下に塗り込んでいく。まずは入口。けれどその辺りを押したり撫でたりするだけでもうだいぶ気持ちが良いのか、キラは俺の肩を握り締めながら眉間にしわを寄せている。
 少しずつ中を解す。幾ら経験があるとは言え、キラ自身が求めているとは言え。性別を考えれば無理が効く体ではないはずだ。そう思ってやや慎重に人差し指を沈めれば、あまりの抵抗の無さに此方の背中に鳥肌が立った。
 吸い込まれる。一瞬嘘偽り無く、そう感じたから。

「…っ、っあ」

 耐え切れずに音を零す。少しばかり自分が慄いた事など棚に上げたくて、調子に乗って中を蹂躙すれば其処からキラの嬌声は絶えず部屋に響いた。
 キラの方も敢えて我慢するつもりはないようで、混ぜる指を二本、三本と増やす毎にキラはきもちいい、だとかもっと、だとか。此方を煽るようなことばかり色音に混ぜた。

 本当に。何処まで俺を引き擦り込めば気が済むのだろうか。キラ・ヤマトが此のチームに加わってから、調子が乱されるばかりだ。

「アスラ…!」

 呼ばれた名の。奥に潜む意図には容易に気が付く。けれどそれにおとなしく従うのは余りに癪だ。どうして一から十まで、言うことを聞かなければならないのか。

 ずぶずぶと卑猥な音を立てる奥に、一際深く指を突っ込む。
 そうして三本の指を同時にばらばらに動かせば、堪らないのかキラは後ろに大きくのけぞった。その隙をついて、止められていた中心への刺激を再開する。両の手で両方の弱いところを連動させるように弄れば、キラは制止の声すらも上げられないのか、そのまま頭だけ僅かに振って。一気に頂点まで昇り詰めた。


 俺の掌を白濁が汚す。幾度か全身を痙攣させて快楽に浸っていたキラが、視界の中にそれを認めたのかゆっくりと顔を上げた。その瞳に映るのは果たしてどんな色だろうかと、一瞬身構えた意味は何処にも無く。色に支配されたその全身と違いなく、とろんと垂れた目尻に少しばかり涙を光らせて、キラは小さな声で呟いた。

「…たりない」

「キラ?」

 確かに請われたものとは違う快楽を与えたかもしれない。それでも、此処まで明確に、俺の腕に溺れてくるとは思わなかった。
 まだボタン一つ外していない俺の衣服に目を留めて、細い指先が迷わず腰に回る。その輪郭を確認するように幾度か撫でてから、おもむろに俺のズボンの留め金を外す。

 軽い音を立てて、下肢を覆っていた布が床に落ちる。キラはそれを見て、少しばかり落胆したようだった。キラばかりを苛めていて全く刺激を受けていなかった俺の其れは、僅かばかり質量を増したくらいでとても今すぐにキラの期待に応えられそうにない。

 …だから、そんな気分じゃなかったんだ。

 今にも涙を零しそうなキラの顔を見て、心の中だけで言い訳をする。大体突然言い出して事に及ぼうとするキラが悪いのだ、と悪態もついてみる。けれどそれが、明確な音になることはない。

 キラは俺の其れと俺の顔を数度交互に見比べた後、何かを思いついたのかデスクからふらふらと降り立った。何をするのかとそのまま見ていたら、そのまま床にしゃがみ込んで、躊躇いも無く其れを口に含む。

「キラ…?!」

 商売女ですら、よほど気に入った客でないとこのような事はしない。目を剥いてまじまじとキラの様子を観察してしまったら、その舌が丁寧に舐める自分の其れが、明らかに悦んで質量を増していくのが分かる。

「…っ!」
 声を上げないようにするのが精一杯だった。経験が皆無とは言えないのに、そのどれとも違う快楽がキラの咥内にはある。要するに、巧いということか。最初から感じている場慣れした雰囲気を思えば、確かに当然かもしれないが。
 それでも、日中のキラ・ヤマトからはとてもではないが想像できない。

 充分に硬度を増した其れに、満足そうにキラは口を離す。そうして上目遣いではっきりとその先を要求されれば、応える以外に術は残されては居ない。このまま止めてしまえば、もう自分自身も相当辛い。

「後ろ、向いて」

 どのように繋がれば良いのか分からない。だから、何となく顔が見えないようにした。また明日以降任務があるだろう。近いうちに、共に飛ぶ日もあるに違いない。その時に、この顔を思い出したくない。こんな顔をしていた癖に至極正確に敵を落としていくキラ・ヤマトの、奥深くの心理などどうでもよいのだから。

 キラは言われたまま、立ち上がってデスクに両腕を付いた。言わなくても腰を高く持ち上げ、期待しているのか柔らかく揺らしている。

「いっぱいに、して…」

 一瞬、泣き言のように請われた其れの、理由も意味もまるで分からなかった。
 けれどそれで、何かが変わるわけでもない。

 抵抗など全く無く、まるで散華で滑走路を飛び立つあの瞬間のように。キラは空の如く嬉々として俺を迎え入れた。いつか見た夢のように、空は小刻みに収縮して俺に触れようとしてくる。全身で喜びを示してくる其の姿に、俺はもっともっとと、操縦桿を倒しトルクを回して、持てる限りのスピードで飛ぶ。
 そうして気紛れに、ターンやサイドターンを繰り返す。そうすると雲が切られ、大気の流れが変化して更に空は悦んだ。
 ありったけの力で飛ぶ。空を掻き回し、俺を取り込もうと画策するその腕から寸前の処で離脱する。
 其れを幾度も繰り返していくうちに、何時の間にかエネルギーが危険域に突入していく。
 俺は、トリガーに親指を掛ける。
 最後の最後。もう堕ちてしまうその瞬間に、一発だけ。持てる全ての技巧を凝らした弾を、空にくれてやる。どうしてだか、そうされることを空が望んでいるのが分かった。
 キャノピィ越しに空を見上げれば、まだかまだかとそわそわしながら最期の瞬間を待っているのが分かる。
 まだだ、と唇だけで呟いて。エレベータを引いてスロットルを全開にする。
 
 ターンして背面。
 そのままチョークを絞る。
 急降下して自分の重さを感じながら、バンク。
 エンジンが唸る。
 主翼がしなる。
 風も雲も空も、何もかもを突き破る感覚。
 そのまま宙返り。
 勢いを僅かに殺して、親指でトリガーを撫でる。

 これが、俺の愛撫。

 燃料切れを示す赤いランプが、五月蝿いぐらいに視界に入る。
 
 今だ。

 僅かに機首を持ち上げる。やはり、空に打つなら上だと信じる。

 親指。

 とっておきの一発。通常でない、対爆撃機並みの火力。

 けれどその爆発を見ないまま、落下。

 空から離れていく。

 終わった。最期。空とのダンス。




 自分が、笑っているのを感じる。




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