NEVER GREEN age15 vol.7 ---建前と虚偽と本音
| 「うーんと、そこでターンしてスロットル入れるでしょ、そしたら左後方に見えたからちょっと待って、もう一回ターンしてエレベータを引いて…」 請われるままキラが話してくれたのは、このチームに移る直接の理由。つまりキラ以外が全滅になった戦闘の経緯だ。話によれば味方は5。敵は3。数ならば圧倒的に有利だと思っていたのが、まずは敗因の一つであったらしい。一機で二落とすことはそう珍しいことではないから、そうなれば単純計算で此方の負けだ。そもそもお互いを見つけた時に相手の方が上に居て、それもまた不利に働いたのだとキラは言う。 「フェイントを幾つか入れないと、って思うくらいしつこくてさ。しかも無駄が無いし。こっちも向こうも一機だけだったから、まずは後ろを取らなきゃと思って。それで、舵をニュートラルに入れて、でもそれだけじゃ的になっちゃうから向こうが気付いて撃ってくる直前で一気に入れてターンしたんだ。そうすると当然上って来るから、ぎりぎりまで減速してフラップ。背面のまま機首だけ上げてフェイントを入れて、下に誘ってから僕はインメルマン・ターン。そうすれば僕の下にくるからさ、二回…三回かな、撃った」 ちょっと苦笑しながらキラは話を終えた。自慢しようと言う気はないのだろう。誇張表現は無く淡々と語られたそれは、けれど当然ニコルの溜息を誘った。 「キラの乗るのも散華でしょう?確かに散華は軽い機体ですけど、それでもそんなに連続でターンなんて…」 「連続じゃないよ。フェイントも入れてるし、上ってるから遅いし」 「そう…ですかねぇ」 キラとニコルと、アスランの乗る機体は同じ散華だ。現在ある戦闘機では最も軽いタイプで、それにパイロットの希望で様々にカスタマイズが施されている。キラの機体を充分に知っているわけではないし、その詳細は整備士でなければ分からない。もしくは、上官か。 「もう、僕の話はいいよ。戦ってる時って感覚だからあんまり上手く話せないんだよね…なんとなく此処に来そうだとか、今はターンよりロールの方が良さそうだとか。撃つしかないってくらい目の前に敵が居る時の方がさ、フェイントだと思って身構えちゃうし…何も考えてないんだよ、僕」 「まあ、考える暇があれば撃ってるしな」 いい加減キラの話を終わらせたくて、強引に折った。 「まあ…そうかもしれないですけど」 純粋にキラに讃嘆していたニコルが、アスランの苛立ちを悟ったのかしぶしぶと会話を終わらせる。 暖炉の薪がぱちぱちと爆ぜて、一瞬の沈黙に映えた。 「そういえば、キラは何時から飛んでいるんですか?僕たち四人は皆、此の夏に入ったばかりなんですよ。だから、全員此処が初チームで」 強引に話をすり替える。ニコルの興味が尽きないのが、一瞬だけありがたかった。 「僕?」 三人のシチューはとっくになくなっていて、食卓には食後の紅茶が乗っている。適当に話を切って片付けた時に、食堂で代わりに持ってきたものだ。早く飲みほして部屋に帰っても良いのだが、何故かそうしきれなくて紅茶はカップに半端に残って湯気を立てている。 「ちょっと事情があって、もともと此処に関連した処に居たんだ。だから、気づいたら乗ってる感じ。何年前…だったかなぁ」 はぐらかしていることが、誰にだって分かる答。別に無遠慮に過去を暴き立てるつもりでもないから、ニコルは調子良く話を合わせている。ともかく、多少一般的とは言い難い境遇であるらしい。その方が、寧ろ納得するというものだ。 先の話だって、アスランも内心で驚いた。隣のチームの「ネコの王」も散華に乗っているけれど、それでもキラのように軽い飛び方はしない。ターンして減速してターンして、そんなコックピットに乗っていたら、地面も空も一緒くたになってしまうだろう。地面が厭で厭で飛んでいるのに、一歩間違ったら汚い地上へダイブしてしまいかねない。 ふと、キラが壁の時計を見上げた。顔は赤いけど目つきはやたらはっきりしているから、酔ってはいないだろうと思う。その視線を時計に向けて、考え込むように首を傾げた。 「部屋に戻りますか?」 もうあれこれと結構な時間が経っている。明日早くに飛ぶ予定があるわけでもないが、これ以上飲むのは確実に健康的ではない。 「うーん、明日朝ちょっとエンジンのことで、整備士さんとお話しようと思ってるんだよね」 結構飲んじゃったし、寝ようかな。 そう続けられた言葉に、ニコルもじゃあそうしましょうかと応じる。ごめんね、と軽く謝るキラに、ニコルは相変わらず含みのない笑顔で構いませんよ、と返す。 全く、とんだ茶番だ、と思う。どこが気に入らないのかと言われれば困るが、無理をしてまで円滑に他人と話をする必要が果たしてあるだろうか、と思う。言いたいことがあるのなら言えば良いし、聞きたいことがあるのならそう言えば良い。だから、言いたくないならそう言えば良いのだ。 そう言う意味では、イザークは正しいと思う。煩くてわずらわしいほど、彼は彼の言い分しか通さない。その点、ニコルはたまに苛々させられることがある。けれど彼のその態度が、潤滑油になっていることが分かるから何も言わないのだが。 「ニコル先帰っていいよ。もうカップしかないけど、お礼に僕が片付けるからさ」 キラはふわりと笑って、残りの紅茶をぐいと飲んでがたりと椅子を引いた。 その様子にニコルも倣って紅茶を干す。ではお言葉に甘えて、と。いつも浮かべる通りの笑みでかたりとカップをテーブルに置いた。 これ以上何か言ったら更にキラのタブーに触れかねないことを、本能的に分かっているのかもしれない。 「そういえば、結局イザークとディァッカは来ませんでしたね。全くシチューも食べないなんて、僕らだけじゃなくて食堂の方にも迷惑です」 「ほんとにね。みんなで食べるの、楽しみにしてたのに」 さりげなく話題をすり替えて、ニコルは立ち上がる。 「来ない方が悪いんです。今晩の話は、あの二人には秘密にしましょうね」 そう言って笑みを深めると、キラが相槌を打って笑うのを見て、ではおやすみなさいと、括って部屋を出て行った。 「さて、アスランは手伝ってくれるでしょう?」 にこにことキラが此方に話題を振る。手伝うと言っても、カップを三組食堂に運ぶだけだ。もう人は居ないだろうけれど、置いておけばそれで良い。 「…ああ」 しかし、準備の件もあるし断る正当な理由も無い。答える代わりに席を引いて、まだ残っている自分のカップとニコルの分。二組持って部屋続きになっている食堂へ足を向ける。 「あ」 がたりと大きな音を立てて、キラが慌てて追って来る。 逃げるつもりがあるわけでもないからすぐに追いつかれて、決められた場所にカップを返せばキラもそれに倣う。 「…寝るか」 とくにすることも無いし、時間を考えれば妥当だろう。 なのに聞こえた筈のキラは何も言わない。しかし特にそれを気にするわけでもないので、部屋に戻ろうと談話室へと踵を返す。 「アスランはさ、どう思った?」 唐突に、背中に放られた言葉。 なんだとばかりに振り返れば、暗がりの中でキラが此方を向いている。 「僕の話聞いて。どう思った?」 正直、疑問符の意味が分からない。 どう思うも何も。ダンスの腕前が一級なのは充分に分かった。前評判の通りだ。 それを、直接賛嘆しろというのか。 面倒だ。 聞かなかったことにして、キラに背を向けた。そもそも食堂は寒い。部屋に戻ろうと思い直して、歩く。 ぱたぱたと後ろから追って来る音がする。 一定の距離をあけて、アスランの後を追う気配。 ブリキの階段を昇る、煩わしい音が二組。いい加減にしろと叫び出したくなるほど耳触りで、自然と早足になる。廊下の奥にある自室へ向かう。 そういえば、背を向けたところで同室なのだ。 扉を開いて、中に入る。締め出すように閉めるのもワザとらしいし、其処まで意識していることを曝け出すのも苛ついたから扉を半端にしておいたら、キラが間髪開けずに続いて、結局思考したのもばからしいくらい、あっけなく扉は閉められた。 「ねぇ、アスラン」 しつこい。 放っておいて寝ようとシャツをくつろげる。視界の端に、扉の前に立ち尽くしたキラが居る。いったい何が、気に入らないのだ。 「ねえってば!!」 大声と共に、ぐいと腕を引かれた。気付いた時には振り解くこともふんばることもできずに、されるがまま上体を回されてキラと正視する格好になる。 「無口とかそういう次元じゃないじゃん!シカトしないでよ!」 「…聞かれたら何でも、答えないといけないのか」 先ほどまでニコルと笑っていたのが嘘のように苛烈に睨まれて、どうすれば良いのか分からない。 怒らせるつもりではない。寧ろ、怒っているのは此方の方だ。けれどそれを、ぶつけたいわけではない。 「そういうわけじゃないけど!でも…」 急に勢いを無くして、視線を外して床を見る。腕を力なく握ったまま、何か言いたそうに唇だけを動かした。 その様子に、自然と小さな溜息が洩れる。 褒めるのも癪だが、面倒はもっと御免だ。 「キラのダンスだろう? おまえが強いのは分かった」 項垂れて丸まった背中をぽんと叩いて、仕方なしに正直な想いを吐く。もう一言付け加えるならば、到底真似できない、だ。しかしそれは、喉の奥に飲み込んだ。 一瞬だけ顔を上げたキラが、けれど視線を合わせるのを逃げるように再び下を向く。 「そうじゃなくて…」 小さく囁かれた言葉に、本当に意味が分からない。 「何の事だ?」 仕方なしに聞き返せば、キラが腕を握る力が、強張る様に強まった。 「僕、へん…?」 もう少しで、その音は雨に溶けるところだった。あまりに静かに落とされたその問いの意味が、一瞬本当に分からなかった。 少しの沈黙を置いてそれが、はぐらかした最後の話題なのだと気づく。 変も何も、要点をぼかされたのでは結論が出ない。キラと自分の、境遇が違う事が知れただけだ。更に言うなら、自分は一般的と言える順序で戦闘機乗りになっているから、キラがそれとは違うと言うこと。 「一般的でない、という意味なら変なのかもな」 返した科白に反応して、キラが更に項垂れる。 「でもそれは、きっかけだろう?」 キラが拘っているのは、過去のことではないのか。経緯など、千差万別で当然だ。例えば、戦闘機乗りになりたがる動機の様に。 「今強いんだから、問題ない」 強いことが、戦闘機乗りの条件だ。そうでなければ、墜ちる。 長く空に居ればそれだけ、墜ちることへの憧れが増す。 完全な姿で、堕ちたいと思う。 だから、強くなる。 「…そ、かな」 キラは自信なさそうに、けれどゆっくりと頭を上げた。 「ねぇアスラン、お願いがあるんだ」 せっかく掛けた言葉に満足したのか、その表情からは分からなかった。泣きそうな顔をしてキラは、またわけの分からない事をアスランに投げる。 今度はいったい何なんだと、半ば呆れながら視線だけで先を促す。まったく、誰かと同室になるというのは、こんなに面倒なことなのだろうか。 キラが先ほどと打って変わって、まっすぐに此方を見つめてくる。 「僕を、地面に繋いで欲しい」 本当に嘘偽りなく、言われた意味が分からなかった。 一瞬後に寄越された、熱が全身に圧し掛かる。 |
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