NEVER GREEN age15 vol.6 ---苛つくからこそ
| 軽いノックの音が響いたのと、アスランの髪から大方の水分がタオルに吸収されたのはほぼ同時だった。 「できましたから談話室まで来てください」 と、扉を開くこともせずに廊下から響いたニコルの声は、声色だけだというのに楽しそうな音をしていた。 「ああ」 と、雨に打ち消されないようにやや大きな声で返事をすると、キラは心得たようにアスランの髪からタオルをどかした。 「ちょうどいいひまつぶしになったね」 此方の声も楽しそうだ。なんだかんだ、夕食を楽しみにしていたのだろう。 「結局ニコルに全部やらせてしまったな」 ああだこうだと意見を飛び交わせて食卓を準備する光景というのは想像するだけで億劫だったが、かといって自分の世話をやらせてしまったのかと思うと申し訳ない。人にやらせると申し訳ない、などという面倒な感情を持つことが分かっているから、普段は極力自分の事は必ず自分でやる。寧ろ、此処のルールともいうべき当然のことだ。自分のことは自分でやる。というかそれくらい、一人の人間として何処でも同様なのではないだろうか。此処以外、どんな社会も知らないけれど。 「後片付けは、僕らでしようか」 アスランの心情など何も分かってはないようだが、結局考えたことと同じことを言われてしまってアスランは何も言う事が出来なかった。賛同してわざわざ群れるのもまた面倒だし、否というほど傲慢ではない。寧ろキラはこの夕食の主賓的な扱いなのだから、彼こそ只招かれればよいと思うのだが、そういう説明は単純に面倒だった。 「……ああ」 結局曖昧な返事を背中越しに部屋に置いて、アスランは先に扉を開けた。 「ああちょっと待ってよ」 タオルの置場でも探していたのか。背後からかかった制止の声を完全にスルーして、アスランはそのまま廊下を歩く。別に階下までの近い距離だ。連れ立とうが別々に行こうが本当にどちらでも良いと思うのだが、わざわざどうするかを考えてしまう自分に腹が立つ。キラを待つという群れるような自分には苛つくし、かといって置き去りにすることで浴びせられる、先ほどのようなつまり、群れ を誘われる文句もまた不愉快だった。 好き勝手にしたいと思うのに、その基準すら曖昧になる脆弱な自分が居る。 一人でいたい、群れたくないと思うのは真実だが、それに固執しすぎるのは滑稽だと思う。自然体でいる。その途方も無い難しさに、アスランはブリキ製の階段を甲高い音を立てて下りながら、その騒々しさの中にそっと溜息を紛れ込ませた。 「あ、来ましたね」 談話室に入ると、そこは廊下の冷え込みから一変して温かい空気に包まれていた。準備の段階から贅沢に暖炉を暖めていたのだろう。そのような細かい心配りに、流石ニコルだと内心で思う。 「さっきイザーク達を呼びに行ったら、また例の感じだったので置いてきました。声だけは掛けてきたので、後から来るとは思いますけど」 言って、ニコルは大袈裟に肩をすくめた。 「来ると言ったくせに、何も僕が準備している間に…まったく面倒な人たちですね」 「…まったくだな」 いつものことだ。とは言え、準備の手伝いをしないばかりか呼ばれても来ないと言うのは流石に非常識だろうと思う。けれど常識なんてものは、その字の割に一人一人基準が違うのだからこれほど曖昧で頼りない物は無い。結局イザークは、いつもの通り尊大に入ってくるだろう。彼とは間違いなく、別常識の世界に住んでいるのだとアスランは思う。 「もーアスラン置いてかないでってば!」 がたん、と勢いよく扉が開かれて、キラの甲高い声が談話室に木霊する。反射的に振り返れば、キラが多少眉を吊り上げながら入口に仁王立ちしてアスランを睨んでいた。 「もういい加減場所分かるだろ」 配属当初は、右も左も分からないキラを仕方なしにアスランが連れまわしていた日もあった。けれど気づけばキラは、その日空で組んだニコルやディアッカなどに聞いて日々知識を増やしていったから。今では基地の殆どを一人で迷わず歩けるようになっている。ならば、キラを待つこれといった理由が無くなるわけだから要するに。 アスランの中では、自然キラと居ることが最も毛嫌いする「群れる」に値するようになったわけだ。基本一人。を上等にしなければ自分が自分でなくなってしまう気がする。只でさえ、いきなり現れたキラ・ヤマトという同居人にペースを奪われてばかりだというのに。 「でも待っててくれたっていいじゃん!同じトコに行くわけだし」 「…知るかそんなこと」 聞く人が聞けば、キラの言い分が尤もだと思うのだろうか。けれどアスランは、自分の考えを変えるつもりはない。それでも一緒に行きたいとキラが言うのならば、勝手にキラがアスランに合わせればよいと思う。 「貴方達まで、僕を怒らせる気ですか?」 突然響いた低い音に反射的に視線を巡らせれば、ニコルがとても綺麗に笑ってアスランを見ていた。 「僕一人ですごく頑張って用意して、もうお腹ぺこぺこなんですよね」 「先食べて良いですか?」と科白を残してくるりと踵を返したニコルに、アスランは自分がニコルの視界から完全に消えたのを確認して、大袈裟に肩をすくめた。そうしてキラを見ると、キラは何とも分かりやすく、申し訳なさそうにおとなしくなった。 「ニコルごめん!そんなつもりじゃなかったんだ」 キラが慌てて、ぱたぱたと足音を立ててニコルの隣に座る。 その様子を見たニコルが少しだけ口角を持ち上げているのを見て、アスランはやや複雑な気分になる。 キラは素直だ。人柄として、これ以上ない「イイ奴」だと思う。だからこそ、どうしてか苛つく時がある。自分が当然として、それこそ常識の様に抱えている悩みや怒りが、キラを見ているとそれとは無縁な人が存在するのだと思い知らされる。 キラはおそらく、雨に苛つくことも、空に焦がれることも、死を渇望することもない。聞いたことも無いくせにどうしてか、そういうアスランにとっての日常とは切り離された存在であるかのような気がする。 自分と同じ、一人の戦闘機乗りであるはずなのに。 「大丈夫ですよ。そんなに冷めてませんし。イザークたちは放っておいて先に食べましょう。ほらアスランも」 促されて、ニコルの正面の椅子に座る。確かにまだ湯気を立てているシチューと焼きたてのパン、洗いたてのサラダはとても美味しそうだ。 どこからか持ってきたのか、ビールばかりでなくワインも数種テーブルには用意されていて、キラがニコルに聞かれて赤ワインを頼んでいる。 アスランはビールを一本引き寄せると、手元のグラスに無遠慮に注いだ。 何故か、空から降りてきた日はビールが飲みたくなる。そんな気がする。 「一応、キラさんの懇親会の名目なんです。いろいろと任務中に話はしたけれど、もっとたくさん話をしたいなあと思いまして」 「そうなんだ!嬉しいな。僕もみんなともっと仲良くなりたいって思ってたんだ」 綺麗な喜色を作って、キラはにこにこと笑った。その様子が、何故か見たくなくてアスランはキラから視線を背けた。 「でも、お腹がすきましたね。まず乾杯して食べましょうか」 「うん!」 乾杯、とキラが高らかに掲げたグラスに、仕方なしにアスランも。もう殆ど泡の消えかけたビールをかつり、と合わせた。 今日の主賓がキラでなければ。これまでの経緯を聞き出される対象が、キラという良くも悪くも噂の多い一流の腕のパイロットでなければ。 とっくに自室に帰っているな。そうアスランは溜息をついて、またその事実に自分で神経がささくれるのが分かった。 何度も死に損ねた噂のエースの過去。あわよくば、そのキラの伝説的な戦闘の一端でも聞けやしないか、果たしてそれは事実なのかと聞き耳を立てる自分が酷く滑稽な存在に思えてきたのだ。他の戦闘機乗りの腕が気になるのは、特に同じチームに新しく来たパイロットの特徴が知りたいと思うのは当然だろうが、自分の興味はやや行き過ぎてはしないだろうか。 他人などどうでも良い。その自負は変わらないのに、何度苛ついてもその張本人の眼前から自室へ帰ってしまうことのできない自分。 キラ・ヤマト。 まったく何者だと、アスランはもう何度目になるか分からない溜息をそっとシチューに紛れ込ませた。 |
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