NEVER GREEN age15 vol.5 ---友情は蜜の味
| 熱い。 全身を伝う熱。頭の上からつま先までぬるりと下がるそれに、死の淵から突き返される心地がした。 生きていることを受け入れる。 此処がまだ、戦地であることを思い出す。 死ねば何処に行くのかなど、知らないが。その地の名前は知っている。地獄。 もう決して、死ぬことのできない場所だ。 一度限りの『死』をどのようにして経験するか。生物というものは、そこにつまらないロマンと夢と、憧れを詰め込んで生きているようなものだ。そして戦闘機乗りというものは、その全てを空に預け、戦闘機の上で終える事を望む人種だ。 他の大多数の人に比べれば、酷く単純で不自由で、運に左右される死が用意されている。それを畜生のようだと蔑むか、純粋だと讃えるかは第三者として見る他人の意見だ。どうしてかなど知らない。只、俺は空で散りたい。 地上を這う多くの生物の様でなく、空で散りたい。が、空を飛ぶ鳥になりたいわけではない。鳥は、散れば死体が落ちる。それは我慢ならない。 落ちたくない。なくなってしまいたい。空中でばらばらになって、地上に届くころにはそれが人間なのか肉片なのか、生ゴミであることさえ分からなくなってしまうほどばらばらでありたい。 だから俺は、ダンスをするのだ。 タオルで全身を拭う。乱雑に終わらせてそれを軽く腰に巻く。 まだ嵐は過ぎ去る気配を見せず。そういえば飯の話はどうするのだろうと思いだして部屋に戻ると、ヤマトが俺のベッドに座って、何気なく此方を向いた。 「あったまった?」 聞くまでも無いことを聞いて来る。どうやら、この前と反対の状況になったことが何故だか嬉しいらしい。御礼だと、ボロ雑巾のようになった俺のシャツを抱えて談話室に向かっていった。 「そこ、俺の」 あのまま冷えて亡くなるつもりは無かったから、息を吹き返すのは当然だ。湯気が立ち上る体に向かってでは、愚問だと切り捨てた。 「いいじゃない、座りやすい高さなんだから」 わざとらしく足を組んで、ヤマトは笑った。それが枕の横ならばもう少し文句も言ってやるところだが、反対だったので何も言わなかった。もう一枚棚からタオルを出して、ごしごしと頭を擦る。 「ああ、そんな拭き方したら跳ねちゃうよ。ちょっと、こっち座って」 つい手元が雑になるのは誰の所為だ、と思ったが言わない。少なくとも、今晩の飯を同席するかもしれない奴に向かって言う言葉ではない。ヤマトは立ち上がってデスクの椅子を引っ張ってくると、座って、と招いた。その意図はよく分からなかったが、ヤマトが俺のベッドに座るのなら俺が座れるのは其処しかない。立ったなら代われよ、と思うが、ヤマトが俺のベッドに座るのを黙認してしまった以上、黙って飲み込んでおとなしく指示に従った。 「タオルかして」 ヤマトが俺の後ろにまわる。何だベッドに座るんじゃないのかと溜息をつく。ヤマトは本当に、良く分からない。こうして同室で過ごしていると、まるで自分より年下なのではと思えてくるくらいだ。それは仕草とか言葉遣いの端々などから窺えるもので、実際に聞いたわけではないから分からない。まあ事実如何あれ、戦闘機乗りとしては此方が若輩者であることは間違いない。それでも、敬語を使うつもりにはならないけれども。 ふわりと優しい手つきでタオル越しに髪に触れられて、少なからず驚いた。 「ヤマト」 少し語気を荒げる。 「キラ」 しかし何事かを言う前に意味の違うところで返されて、文句はどこかへ消えてしまった。 「アスランいつまでも余所余所しいよ。キラって呼んで」 ああそうだった。ニコルやイザークのことを俺がファーストネームで呼ぶのを聞かれて、僕もと駄々を捏ねられているのだった。しかしヤマトは同期じゃないだろうと弁明したのだが、仲間はずれな気分がするから嫌だと、二言三言恨み事を言われた。 しかしまだ、一言も呼んでは無い。なんだか必要以上に親しくされそうで、煩わしい予感がするのが主な理由だ。けれどもふとした度に、会話の内容とはまるで違う呼び名の部分で、腰を折られたのではそれはそれで煩わしい。 意図せず漏れたため息に、ヤマトが後ろから様子を窺う気配が伝わる。 「…何をしているんだ、キラ」 背後に居るのに、その顔に笑みが広がったのが分かった気がした。ネコのようだ、と思う。気まぐれで何を考えているか分からない癖に、懐く時だけやたらと懐く。こういう部類の人間は、自分が周囲のペースを乱していることに気付かない。苦手だと思うが、あまりにヤマト…キラが嬉しそうなので、悪態をつくのは止めておいた。 …同室の奴と、険悪よりは親しい方がマシかもしれない。 「ひまつぶし、かな」 「え?」 寄越された答えは、予想外だった。一瞬、外の激しい雨に掻き消されたのではないかと思ったほどだ。何しろ先ほどから、微かにタオルと髪が擦れる音の他には、自分達の話声しか聞こえてこない。勿論外では水音が大反響しているのだが、不思議と、静かだ、思った。 「談話室でニコルに会って、ごはんに誘われたんだ。アスランも一緒なんでしょ?でもこの雨じゃ外に行くのは面倒だから、ニコルが適当に食堂から見繕って、談話室に準備しておくってさ。できたら呼びに来てくれるって言ってた」 だから、それまでのひまつぶし。そう言ってタオルを繰る手つきは、酷く優しい。 もしイザークやディアッカも呼ばれて来るとすれば、五人分の食事を談話室まで運ぶのはなかなか面倒事だな、と思う。イザーク達も、談話室で、なら来るかもしれない。何しろ、癇癪を起してもすぐ其処に帰る部屋があるのだから。それに、この雨で誰も彼も退屈しているところだろう。 手伝おうか、とも思うが、それはそれで面倒だ。 けれど、丁寧に髪の水分を拭ってくれる手つきがどうにも離れがたいと思われてきて、その感情をどう処理すれば良いのか分からない。 他人との接触など、忌避すべきものではなかったか。 馴れ合いなど、最も要らないものの一つではなかったか。 ひまつぶし。確かにそうだ。それ以外の理由は要らない。濡れたまま捨て置いて他の要件を探して沈黙が落ちるよりは、二人とも遥かに時間を潰せる。 二人部屋も悪くないということか。 なんとなくそう思って、そんな感慨は初めてだと気がついた。 |
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