NEVER GREEN age15 vol.4 ---だから女はめんどくさい









 申し分のない、と言うとやや言い過ぎの感も否めないが、ともかく俺たちは武勇伝を作ることに成功した。俺が二機、ニコルが一機落としたのだ。
 二機のうちの一機はパイロットの腕も良く、その上で空から散弾銃を浴びる激烈なダンスを踊ったのだから、気分が高揚するのも当然と言えた。
 肌に貼り付いたシャツも額に纏わりつく前髪も、不思議と邪魔に感じなかった。
 任務を終えて、お互いの機体の無事を確認した俺たちは、またそのまま並んで帰った。行きの合流地点までは他の三機と連れ立って飛んでいたから、おとなしく空の上を飛ぶ。そろそろ日が沈む頃で、丁度進行方向の先で、小金に光る塊がゆっくりと雲に沈もうとしていた。傍らに飛ぶ機体の前面に、当然ながら乱反射してきらきらと光る。
 『ネコの王』、だ。そういえば。唐突に思い出して忘れていたことを、この退屈さにかまけて再び思い出した。機体の前面を金に潰した彼女の機体。パイロットが女であることも初めて知った。珍しいことは確かだ。女は総じて、刹那的なものは好まない生き物だから。単純に、空だけでは生きてはいけないものなのだろう。だからこそ、男と女は対になる。
 ダンスが幕を引いたのに合わせてゴーグルを取ったその顔が、女だったと言うだけの話。更に付け加えるならば、年齢は俺とそう変わらないように見えた。女の年に、自信は皆無だが。
 ともかく、双方が意外だったのだ。『ネコの王』といえば、隣接チームのエースとして配備当初から噂に上っていた。これまでに任務を共にしたことも頻繁にあるし、整備士や上官もこの機体の事を知っている。それだけの力量を持つ戦闘機のパイロットが、俺と同じ年、つまり配備間も無い経験値だということ。そんな新米が、自分の飛行機を好きにカラーリングできるものなのだろうか。詳しくは知らないが、少し前にイザークが打診した時は整備士に断られたらしい話を聞いた。本人から直接ではなく、ニコル越しだから限りなく信憑性はあっても事実かは分からないが。
 無意識のうちにではあるが、長く見ていたことに気付かれたのだろう。不意に彼女が此方を向いて、軽々しく片手を上げた。距離の問題で、不敵とも取れそうな笑みの色までも見えてしまって、一瞬返答に迷う。しかし見ていたことは確かなのだし、同じように片手を上げておいた。そういえば、『ネコの王』は何機落としたのだろう。あの前面の黒い斑点が、次に会う時にはその数だけ増えている。彼女の表情すら窺える距離だというのに、斑点は小さく数が多すぎて、目測でどれぐらいあるのかも分からなかった。
 仮に同期で俺たちと同じ時期に配備したというのなら、まだ実戦経験は夏から半年にも満たないはずだ。その中で、こんなにも落とせるものかと不思議に思った。しかし女なのだから、若く見えるのかもしれない。
 苛つく話を寄越してくれそうなのは、ヤマトだけで充分だ。

 合流ポイントが見えてきた。『ネコの王』達は此処から自分のチームに向かう。南南西に目を向ければ、暫く先で雲が切れて深い紅が首を擡げていた。もう少しで闇に変わるそれは、激烈な散弾を浴びせているだろう濃い雲に影を照らして、目測とは思えない立体感を呈している。
 俺達が向かうのはこのまま西だ。若干北よりだが、それは微調整の話。まだまだ雲が続く進行方向では、自分の高度が分からなくなりそうなほど暗欝としていた。
「お疲れ」
 え、と、振り返った時にはもう遅かった。それが女の声だったから、一瞬後に持ち主は判断できたが。それでも、はじめて口を開くタイミングとして考えたら、此方をからかっているとしか思えない。
『ネコの王』は、此方からの返答も待たずに大きく旋回して、機首をまっすぐ南南西に向けた。機体の後方・及び側面は改造無しの深緑の色をしているから、光に照らされても煩く反射することはない。
 ああ、僚機には優しいということか。
 女だな、と、改めて思う。
 何かしらの言葉を送り損ねたまま、二つの塊に別れた戦闘機達の距離はぐんぐんと開いていく。どうせいつか、また会えるだろうと思う。
 会えないなら、それでいいとも思う。

 ともかく、仲間に値すると認められたとでもいうことだろうか。
 労われたのは自分なのになんだか上から物言いをされたようで、右手がさわりとスロットルに触れる。
 苛つくほどではない。女に、自分と同様の物差しが通用するとは思っていない。

 が、数発撃ちたい気分だった。
 このままおとなしく、右腕を宥めてやれる自信がない。
 
 考えたわけではなかった。くるりとループして、機首を重力に従わせたまま勢いを付けて雲に飛び込む。背後でニコルに名を呼ばれたが、返す気は湧かなかった。
 どうせ同じ滑走路を目指すのだから、問題は無い。
 ぶあつい雲を両翼が切り裂く。上も下も無い闇の中に、どんよりとした水分が溜まっている。空気が、重い。
 下に抜ける一瞬までの合間にゴーグルを付け直す。自殺願望があるわけではない。

 全身を、撃ち抜かれる。

 予想よりも雨脚は強い。一瞬の隙を持って行かれそうになる操縦桿に食らい付き、唇を噛んで進行方向を見定める。どうやら基地の方が、天気は悪いらしい。一瞬たりとも間をおかずに、全身は濡れ鼠になった。それでも、俺は空を飛んでいる。
 地面で、為す術も無くいたずらに撃たれているわけではない。
 俺は、好き好んで撃たれているのだ。


 唇の端が、鋭利に歪むのが分かる。
 生きている。





 

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