Limited lovers −限界宣言ー
9.again
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ムウとサイが見つけ出してきた錠剤は、深紅の色をした酷く不思議なものだった。適切な分量など分からなかったが、小さく砕いて粉末状にし、僅かばかり離した人工呼吸器の合間を縫って水と共にキラの咥内へ流し込む。ゆっくり、ゆっくりとヘリオポリスの友の手によって流された薬は、しかし確実にキラの体を癒した。 自発呼吸が戻り、脈拍も安定し。その表情から苦悶の色が消えた頃には、キラは静かに眠っていた。 そして、瞳が開かれる。 「あ……」 僅かに上げた声は吐息にも似ていたが、ベッドの隣でなにやら読み物をしていたトールの気を引くには充分だったようだ。 「キラ?」 手元の文章から顔を上げてキラの顔を覗きこむ。緩慢にその瞳に焦点を合わせたキラは、微かに「トール」と呼んだ。その声に、トールが優しく笑う。 「気付いたみたいだな。どこも苦しくないか?」 この医務室に運ばれてきたときには既に呼吸が無かった。人工的に手助けしてやってさえ荒々しく浅い呼吸を繰り返すだけだったキラが、しかし今はもう躊躇う事なく酸素を吸い、そしてまた吐き出している。 暫し考えるように、また問われた意味を反芻するようにキラは押し黙ったが、ややもしないで軽く頷く。トールの頭越しに天井に焦点を合わせ、「此処は…?」と尋ねた。 「AAの医務室だよ。キラさ、自分が倒れたの覚えてる?」 答えを貰って、またキラは考え込む。記憶をなくしているようではなかったが、まだ覚醒したばかりでうまく思い出せないようだ。 もやがかかったようにぼんやりしている頭を持て余しながら、キラは焦点を散らした。 「たお、れた…?」 言葉を繰り返す。「あ、」と声を上げ、キラはトールが驚いて飛びのくほどの勢いでベッドから上体を起こした。その瞬間、腕に突き刺さっていた点滴の針が無理な角度で食い込んでキラの眉間に皺を刻んだ。と同時にふらりと視界が揺れて、慌てたようなトールの顔が二重にぶれて見える。 「まだ寝てろって!」 聊か乱暴に肩を掴まれてベッドに戻される。立ち上がることなどできないことは嫌でも理解できたから、キラも抗わずにおとなしく従った。 「荷物の中から適当に薬探させてもらったぞ。ったく…死ぬかと思うほど心配したんだからな」 「ご、ごめん…」 トールの言い分に、だんだんと晴れてきたキラの頭がやっと思考を開始した。と言うことは、キラは適切に薬を取り込むことが出来たようだ。何も説明などしていなかったのに、日常的に一緒に居る友達というのはすごい、と改めて感心させられ、そして感謝の念が生まれる。 「あんな、発作みたいなのって時々なるのか?この薬飲ませればまた治るんだよな?」 ひらひらと、キラの枕元にある袋を持ち上げてキラの視界に映す。それは確かにEVIDENCEの諸症状を緩和させる薬で、トールの言い分に間違いは無い。発作は時々起こるような不確定なものではないが、わざわざ説明して更に問い返されても不要な情報を与えるだけだ。隠したいわけじゃないし、コーディネイターとして平等に接してくれるトールやサイが、今更キラはコーディネイターでなくEVIDENCEだと言ってみたところで急激に視線が変化することは無いだろうけれど。それでも、告げることは憚られるのだから仕方が無い。EVIDENCEは確かにコーディネイターより優れているかもしれないけれど、アスランと平等で居られたこと以外に良いことなんて一つも無い。仲間はいないし、アスラン以外に能力に追いついてくれる者もない。事情を悟られないように、奇異の瞳で見られないようにコーディネイターの中にあってすら手を抜いて能力を低く見せる技術などは、半ばもう無意識的なものになってしまっているほどだ。 とは言え、ヘリオポリスに移ってからはコーディネイターの一般的な能力値すらナチュラル達にはあまり知られていないようだったから、アスランも居なくてつまらない日常で少しばかりの面白さを見出す為に、わざと全力と手抜きの緩急をつけたりしていたけれど。 それでも、と。キラはトールに頷き返しながら、真っ直ぐに天上を見上げた。 只のナチュラルやコーディネイターだったら、きっとストライクに乗り合わせた瞬間に死んでいた。そう考えて、EVIDENCEであることに感謝をしたのはこれが始めてかもしれないな、と思った。 「ったく、そんな大変な病気あるなら言っとけよなー」 助かったから良いけどこっちの心臓が止まるかと思ったぜ、と。軽口を叩きつつも真剣な瞳で詰め寄られて、キラは再びごめん、と呟いた。 「おい、言うことはごめん、だけじゃねえだろ」 俺たちが看病しなかったら死んでたんだぞ?と。これもまた人差し指を立てて笑いつつも、有無を言わせない口調で言葉を寄越すトールに、キラも伏せていた瞳を上げ、トールを真っ直ぐに見つめ返す。 「ありがとう…」 言葉と共に、自然に笑顔が漏れた。守りたかった友達に助けられるなんて滑稽かもしれないけれど、よし、と頷いて笑ってくれる眼前の大切な友を、守れて本当に良かったと思う。 守る。 何から、と自らで不用意に問うてふと思いついたのは親友の姿。 来い、と叫んでくれた声が、また頭の中で蘇った。 キラのベッドの、トールと反対側にあるのは壁と窓だ。其処に広がる一面の闇は、か細く残る命などあっけなく飲み込んでしまいそうなほどに深い。 アスラン 胸中で名を嘆いたら、急にその質量が増した気がした。二年ぶりの邂逅、誰よりも親しく、近しかった幼馴染。 …彼が、友人たちを守るために倒すべき敵として其処に居た。 どうして 何故、と尋ねても答えは誰もくれない。滲みそうになった視界の端で、トールが「よし、」と勢い良く立ち上がったのに驚いて思考は中座された。不用意に流す涙を見られなかったのはありがたいけれど、同時に胸に描いた存在が消えてしまって僅かに寂しい。 「んじゃ、皆にキラが起きたって言ってくるな。すげー心配してたからきっと飛んでくるぜ。あーでも、サイはフレイのところに居るからな…」 「フレイ?」 その名の持ち主をキラは知っている。けれど、此処にいるはずがない。不思議そうなキラの視線を読み取ってか、トールはにかっと笑った。 「キラが寝てる間にヘリオポリスからの民間用救出シャトルを一機回収したんだ。どうにもどこかが壊れててうまく飛べなかったみたいでさ。そしたら、中にフレイが居たんだよ」 フレイ・アルスター。地球軍の結構な上官の娘らしく、けれど戦火を逃れてヘリオポリスで暮らしていて、年齢はキラよりも一つ下だ。対外的にはサイの婚約者だから、サイもフレイも互いの無事が確認できてさぞ安心しているだろう。 「サイ、よかったね…」 ヘリオポリスはザフトによる奇襲と地球軍の迎撃、そしてキラをはじめとしたMA・MS戦が原因となって崩壊してしまった。それは全ての原因がキラにあるわけではなくとも、その一端を担ってしまった意識はある。どうして、という思いは強いし、共にヘリオポリスで暮らしていた全ての人に謝りたい思いに駆られるけれど、人命を何処よりも大切にするオーブだから、そういう万が一の時の為の処置は万全になっているはずだった。ほぼ全ての人がシャトルで逃げ出すことができたのだと信じたい。それでも、沢山の人の住む家を奪ってしまい、また自分もそれをなくしたことに変わりは無いのだけれど。 「…ああ、けどな。一緒に逃げていた友達が…その、原因は知らないけれどフレイの前で…その、助からなかったらしくて、彼女すごく錯乱してるんだ。それを今サイがなだめてる」 だから、サイは顔を出せないかもしれないけどさ、と。言葉を結んだトールにキラはかろうじて一つ頷いた。そういうわけだから、と繋げて医務室を出て行ったトールを見送ると痛む体を叱咤しながら寝返りを打って壁に向き直る。 …助からなかった。 先ほどまで自分は何を馬鹿なことを考えていたのだろう。 いくら住人全員が乗り込めるだけのシャトルが準備されていたって、あれだけの戦闘行為があって民間人が一人も犠牲にならなかったはずはない。キラがモルゲンレーテの中をあちらこちらへ駆けていたように、壊されてしまったシャトルだってあったのだ。命のあった全員が逃れられた保障すらどこにもない。 「せん、そう…」 何よりも恐ろしい行為だと思う。殺人だって恐ろしく残酷な行為だけれど、戦争はそれ以上に死者が只の数字になってしまう。殺人の寄せ集まりだ。 それでも、守りたいのだと思う。殺人をしたいのではない。守りたいのだ。それが動機の免罪符になることすら、恐ろしいことだと思いつつも止められない。 嫌だ、と思いつつも既に戦争を、戦場を知ってしまった体に震えは止まらない。自らを掻き抱くことすらできないまま震えていると、途端全ての音が硬い機械音に塗り換えられた。 スクランブル はっと頭を持ち上げて体を堅くする。先ほども聞いた、2回目のスクランブルだ。そしてさっきは、此の音の後自分はストライクに乗って出撃したのだ。 「総員、第一戦闘配備。総員、第一戦闘配備」 知っている声がスピーカーを通してありとあらゆる艦内のものに染み渡って行く。全てが臨戦態勢を整えるかのように纏う空気を一変させ、脇をすり抜ける全てを切り裂くかのように冷たく鋭利に尖っていた。 「まも、る…」 もう一度、呟く。その為には戦わないといけない。誰かが守りたいと思い、また誰かを守りたいと思っている者を倒さないと守ることは出来ない。 一瞬、どうしよう、という思いが頭を過ぎった。それは起きるかどうかを強いる選択であり、キラに全てを委ねる問いであった。先ほど死に掛けたばかりだからと待ってくれるような戦闘ではないし、だからといって待機していてもこの艦が落とされてしまえば何の意味も無い。そして、そうなれば誰も守れない。 たった一度。一度の戦闘を抜けただけでキラは理解した戦闘の不条理さに今更ながら涙が溢れそうだった。何故、と問うて得られる答えがあるほど、戦争と言うものは秩序に満ちているのだろうか。 そんな、逃避的とも言える考えに浸したままひたすら体を堅くしていると、扉を一枚隔てた廊下から幾つもの足音が響いてくる。 急ぎ足だったり駆けていたりするそれらに一層緊張感を覚えて、キラは耳を塞ぐように目を堅く閉じ、ますます廊下に背を向ける。 その時、がらりと勢い良く医務室の扉が開かれた。 「おい、坊主!!」 寝返りを打って確かめるまでもない。ムウの声だ。 「其処で聞いた、起きてるんだろ?」 キラは、何も応えない。 「体が辛いのは分かる。だがな、予備のパイロットはいねえんだ。今度は別の隊が人海戦術で攻めてきた。死にたくなければストライクに乗れ!」 大声でまくし立てるムウの騒ぎを聞きつけてか、誰かが駆けつけてくる。 「ちょっと!!」 響いたのは、ミリィの甲高い叫び声だった。 「キラは今起きたばかりなのよ、戦闘なんてできるわけないじゃない!!」 キラが頑なに背を向ける扉から、二つの叫び声がキラを刺す。 「それでも、坊主に乗ってももらわねぇとAAは落ちるんだ!」 「AAの為にキラに死ねって言うの?今戦える状態じゃないことぐらい私でも分かるわよ!!」 「AAが落ちたら、俺たちだけじゃない。あんたたちも、もちろん坊主も皆死ぬんだぞ!!」 くっと、ミリアリアが息を詰まらせる音が聞こえた気がした。 出撃しなければ、AAという艦とあとムウのMAだけだ、それが人海戦術で攻めてきた相手に対してだれだけ不利な構図であるかは明らかだった。 キラが出撃すれば助かる保障はどこにもない。それでも。 確率の問題にするなら、出撃しなければおそらく誰も助からない。 ゆっくりと、キラはベッドの上で起き上がった。 もう先ほどの眩暈を覚えないのは、その体の特性故の回復力なのだろうか。 「キ、ラ…?」 不安げに呼んでくれるミリィに振り向いて、小さく笑う。 「…心配しないで」 「でも…!!」 こんな言葉、言ったってなんの安心も与えられないかもしれない。それでも。 「助けてくれた、お礼」 「キラ…!!」 いや、とかぶりを振ってくれるミリィに、自然と笑みが濃くなる。 死なせたくない、と思う。 「…坊主」 低く響く、ムウに視線は合わせないまま。 「行きます」 応えた言葉に、けれど迷いは乗せなかった。 |
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