Limited lovers −限界宣言ー
10.encounter
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飛び出した二度目の宇宙は、けれど感慨など抱く間もなく無機質な血の匂いがした。 「MSの数が半端じゃない、一機や二機相手にもたもたすんなっ」 伝えられる言葉はまるで怒気を含んでいるように鋭い。けれど、穏やかや優しさなんて、とてもじゃないけれど似合わない場所。背後にAAを背負いながら、ストライクとメビウスはじりじりと敵MS群との間合いを詰めつつあった。今度の相手はアスランの居る隊ではない。大量生産型なのだろうかどれも全く同じ形をしたMSが、数えられないくらいに長く広がってAAに陣を敷いている。僅かでも隙を見せればAAが撃たれるばかりでなく、自分も危ない。キラはきつく下唇を噛み締めると、業を煮やして飛び出してきた敵MSを一刀両断に切り伏せ、それに反応するように溢れた涙を拭うことなく顔を上げた瞬間。今の一つの死が、開戦の烽火となったことを知った。 「死ぬなよっ」 と同時に漏れ聞こえたムウの言葉。守りたいなら戦って来い、死にたくないなら戦って来いと否応無く背中を蹴り飛ばしてくる彼の言葉は、けれどそれ以降は何も伝わってはこなかった。舌打ちや荒い息だけが伝わって行く回線に徐々に払う注意もなくなっていく。眼前の、全てが同じに見える敵MS群の中。一機一機に生身の人間が乗っているだなんて、冗談だと笑い飛ばしたくなるほど薄い現実感に、けれどキラは振り下ろす剣の先に、確固たる事実を見出しながらその装甲を貫いた。
「13」 呟く数字をキラは自覚しない。それは、どれだけ薬で押さえ込んでも消しがたい本能。その命じるままに死を悼む、今のキラの精一杯の祈りなのかもしれなかった。命を数字に換算することなどできないのかもしれないけれど、只恐怖や慣れに昇華されてしまうよりはよっぽど命の重みを理解できる。 呟く数字が30を超えた辺りで、キラの五指は否定できないほど震えていた。呼吸も興奮の所為とは思えないほど浅く荒くなり、爆発してしまいそうなほどに強く心臓が波を打っている。キラは軽く背後のAAを振り仰ぎ、それがまだ無傷であることにそっと安堵し…そして、その視線の動きの中にさえ多々蠢く敵と名付けられたMS達に、小さく心中で嘆息した。まだ、どれだけ自分が殺さなければならないのかを考えて。 キラは左手をコンソールから離して、パイロットシートの下部にあるダッシュボードの中をまさぐった。其処はもともと空で、パイロットのジンクスや縁担ぎ、または思い出の品々を入れておくためのスペースなのかもしれない。その本来の用途をキラは知らないが、ともかく今ストライクのダッシュボードに入っているのはただひとつ。 キラの為の、EVIDENCEの作用を抑える薬の袋だけだった。 袋から薬を逐一指でつまみ出すのも時間が惜しく、またしても瞬間グリップから外した右手でバイザーを取り去る。密封してある袋を半開きにすると躊躇い無く上に持ち上げて逆さにすると、顎を上げて軽く開けた口の中に深紅の小さなそれはばらばらと零れ落ちてきた。 その数を確認することなく、渾身の力で噛み砕く。 咥内に広がるのは淡い血の香り。そんなものはこの戦場で何よりも強く立ち込めているはずなのに、今更ながらにそれに嫌悪して軽く眉を寄せる。今までずっと「アスラン」と認識してきたこの匂いは、間違いなく幼い時分アスランの傷から溢れた鮮血を舐め取った時なんかに嗅いだものだ。反射的に本能が収まって行く安堵感すら広がる、鉄の錆びた青い匂い。そのはずなのに、同じはずの手の中の薬からはもう、今は死の匂いしかしなかった。本能を引きずり出す死の暗示が、これまでは反対にそれを宥めてきたなんて。 「知らなかった…」 小さく呟いたそれは誰にも聞かれることなく、闇の中の紅に溶けていった。
それからどれだけの時間が経ったのだろう。時間感覚の途切れる戦場で幾許の間集中力を持続させていたのか、そのようなことをキラは知らない。ただ、絶え間なく唱え続ける弔いの数が三桁を超えた辺りで、漸く視界の外の敵母艦群は信号弾を発射して帰艦命令を出したらしい。襲い掛かってくるMSの数が希薄になり、ストライクと間合いを取って戸惑うように睨み合っていた敵も、意を決して踵を返していった。 それは、傍目には信じられないAA側の勝利だった。 「坊主!怪我はないか?!」 離脱していく敵軍を見送りながら息を付いていると、回線からそろそろ聞き慣れた声が伝ってくる。彼が無理を叫んでキラを出撃させたのだ、多少の心配ぐらいはしてくれているのだろうか。戦力として、か。味方として、か。 「大丈夫です」 何でもいいか、と小さく息を吐きながら、短く返してキラはもう一度薬を咥内に放り込んだ。気付けばまた呼吸は浅くなっていたし、指先も僅かに震えている。薬の残量が気になってしまうくらいに袋の膨らみは心もとなかったけれど、また倒れて医務室に運ばれてしまったらミリアリアやトールがどんな顔をするかは目に見えている。…親友だ、と。言ってくれる彼らにもう心配は掛けたくなかった。 「艦長、敵母艦とは反対側、四時に熱源反応!!」 AAのブリッジクルーの声が聞こえてきた。その不穏な内容に、キラは薬を噛み砕きながら眉を寄せる。今やっと戦闘が終わったばかりだというのに、また別の隊でも攻めてきたのだろうか。空に近い袋をくしゃりと丸めれば、あと一度の戦いで限度だろうその中身に、キラは更に顔を顰めた。本当に、どうしてこんな体なのだろう。 「ライブラリーと照合急いで!総員第二戦闘配備!!MS・MAは一時帰投!!」 瞬時に反応したマリューの現に従って、キラは機体をくるりと反転させた。その時にふと、敵の居なくなった闇が視界を駆ける。 彼もまた、この闇の何処かに居るのだ。それは、ザフトに居るのだと話だけ聞いて別れを紡いできた二年とは明らかに異なる想い。いつまでこうして敵として戦わなければならないのかは分からないけれど、MSに乗るこの感触は確かに彼と同じものだ。彼もまた、こうしてパイロットシートの下のダッシュボードに、薬を忍ばせているのだろうか。キラの血の味のする、効用は全く逆だけれどやはり紅い薬を。 「距離1000!!ライブラリー照合完了!…これは、救命ポッドです、破壊されているのか救命信号は受信できませんが、明らかに民間用です!!」 得られた写真がキラの元にも送られてきた。確かに其れは救命ポッドで、回線の向こうでブリッジが安堵の息を吐いたのが分かった。 「戦闘配備を解除して。…それと、キラ君。このポッドをサルベージして来てくれないかしら」 「え?」 突然名前を呼ばれて、つい間の抜けた返事をしてしまう。 「戦闘の直後にごめんなさい。けど、信号が無くてもあれは救助しなければ…」 「わりぃな。俺はもう殆どエネルギーが残ってねぇんだ」 そういえば、ヘリオポリス発のシャトルも救助したと言っていた。何処か軍艦には不似合いな救出行為に首を傾げたくなるけれど、放置してしまえば行き着く先は知れている。分かりました、と一言置いて、キラは送られてきた座標の通りにバーニアを吹かした。 * * * 救出したポッドは小さく、どうやら中に入れるのは多くても三人で限度のようだった。やはりどこか壊れているのか暗い宇宙に無力に投げ出されているだけだった其れを慎重に抱え込むと、キラは来たときよりもややスピードを落としてAAへと戻った。デッキにゆっくりと機体を入れ、そして少しばかり重力を入れたドックの床に救出したポッドをそっと降ろす。それは民間用のポッドであるからか、中に居る人がナチュラルなのかコーディネイターであるのか、外からでは判断できないようで。キラがストライクを降りる頃には、念の為と銃を構えてハッチを取り囲む兵が数人。開錠機械を繋いで何やら操作している整備士が数人に野次馬的な整備士も含めてかなりの輪が出来ていた。キラが其の輪になんとなく加わる頃、ブリッジを抜け出してきたのだろう艦長と副艦長も姿を現した。 「開きます!!」 声と同時にシュンっと開錠された音が響いて、ゆっくりとハッチが開いていく。民間用である故か警戒心も少ないようで、野次馬が我先にと中を覗き込んでいる。けれど中からは何の物音もしなくて、沈黙が降りたまま。無人、ということは救助ポッドではまず確率が少ない。助からなかったのかとその場に居た者が皆残念そうに俯く頃合になって、その周りの視線の意味も理解できない民間人であるキラは、立ち位置を変えて漸く覗き込めたポッドの中で、ふよふよと桃色が浮いているのが見えた。 「あ…!!」 僅かに声を上げたキラに導かれるように、中から一人の女の子がゆっくりとと浮き出てきた。小さな重力に慣れないのかバランスを崩しそうになる其の姿はどこか可愛らしく、その姿を見たその場の者達は不意に笑顔に誘われそうになった。けれどその髪色と顔の造形の見事さに、瞬時に彼女がコーディネイターなのだと思い当たる。 高く宙に浮きすぎて人垣を超えても尚その場に留まれなさそうな彼女の手を、キラが反射的に引き戻してやると、その桃色の髪を優雅に棚引かせて、彼女は「ありがとうございます」と呟いて顔を上げた。 「まぁ、キラ…!!」 瞬間、彼女が上げた言葉の意味が判らなかったのは彼女以外の全てだった。名を呼ばれた当人であるキラさえも、眼前の女の子など知らない、といった調子で目を白黒させて狼狽している。知り合いか?といつの間にか近くに立っていたムウに尋ねられて、キラは改めてまじまじと彼女を見つめた。 腰よりも長く、ゆるやかなウェーブを描く桃色の髪。それに、優しく穏やかそうな表情に、海のようであり空のようでもある碧色の瞳。そのどれもに覚えが無くて、キラはふるふると首を横に振った。 対して彼女の方もキラの反応に驚いたようで、改めてキラを見つめている。そして纏っているパイロットスーツに気が付くと、「困りましたわ」と一言上げた。 「どうしたの?」 事の成り行きを見守っていたマリューが優しく尋ねる。どうやら、乗っていたのは彼女一人のようだ。様子からして、民間人で間違いないだろう。 「…此処は、ザフトの船ではありませんの?」 コーディネイターの民間人からしてみれば、戦時中の敵軍に捕まったのだと知れれば確かに困るだろう。いくら民間人とはいえ、コーディネイターである自分がナチュラルの只中にいると知れば、彼らが自分を救助した恩人だと知ったところでやはり恐ろしく思うに決まっている。 「残念だが、連合の軍艦だな」 しかし、恐怖を感じているにしてはどこかぼんやりとした話し方に、ナタルはこめかみを押さえながら嘆息した。コーディネイターだということで野次馬の興味も半減したようで、次々と人が散っていく。 「後で身柄を聞くことにして…今は戦闘後の整備・連絡を優先しましょう。重ね重ね悪いけれど、キラ君、彼女を何処か空いている士官室に案内してあげてくれる? 救助した他の民間人と同室にするわけにはいかないから」 「…分かりました」 渋々頷いて、医務室から此処までの間にあった幾つかの無人士官室を思い浮かべてあたりを付ける。よろしくね、と言葉を残して、マリューも忙しそうにドックを出て行った。 「行こっか」 さあ、と眼前のピンクの女の子に視線を向けると、彼女はじっとキラを見つめていた。 そういえば、どうして彼女は自分の名前を知っていたのだろう。 「…ねえ、君…僕のこと知らないよね?」 自分が彼女のことを知らないのだから当然と言えば当然のことを、けれどどうしても確認したくてキラは尋ねた。微重力のドックの中を出口に向かいながら、彼女は僅か迷うように瞳を伏せ、けれど直ぐに応えた。 「…ええ、貴方とは初めてお会いしましたわ、キラ」 ならばどうして。 迷い無く、そんな呼び慣れた風に名を呼んでくるのだろう。 ともすれば、ヘリオポリスの友達よりよっぽど、親しく馴れ馴れしいみたいに。 |
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