Limited lovers −限界宣言ー
7.paroxysm
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投げ出された闇の向こうから、敵、と呼ばれるものが迫ってくる。彼らに憎しみや恨みなんて湧かない。彼らはザフト。…アスランと同じ、ザフトだ。 「坊主、来るぞ!!」 回線を伝うムウの緊張した言葉に、じっと目を凝らして前方を睨む。すると、鋭く響いたアラートに続いて先ほど倒したMSと同じ型の機械が数体、真っ直ぐに此方に向かってきた。 「まも、る…」 殺したくないと思う。殺したいなんて思わない。けれど、殺すとか殺さないとかそんなこと以上に、背後に浮かぶ戦艦と其の中の大事な友達を護りたいと思うし、第一に死にたくなんてない。 「こっち、に、来るな…」 向かってこられたら手加減なんて出来ない。ストライク、という新型機に多少躊躇したように留まった敵MS群数機は、けれど意を決したようにビームサーベルを抜き、襲い掛かってきた。それに合わせるようにキラもソードを抜き、応戦する。まだ二回目に過ぎないというのに、自分でOSを書き換えたからかその動きは思い通りで、且つ相手の動きは手に取るように分かった。けれど、やはり慣れない戦闘に感覚の何処かがおかしくて、とても手加減などする余裕は無い。 「抜かれるな、AAに近距離攻撃は期待できん!」 戦闘の定石として、戦艦は近距離よりも遠距離攻撃の方が得意だ。戦艦にしてみれば蝿のように煩いMSを、重火器で狙って打ち落とす事は難しい。 「くっ…!!」 ぐっ、と力を込めて引いたレバーの感触が、酷くべっとりと嫌なものに変わった瞬間、機械越しにそんな感触なんて伝わるはずなんてないのに、ああまた殺したんだな、と頭の何処かで理解した。 殺す為でなくて護る為ならいけるかもしれない、なんて。招く結果は同じなのに心境の違いなんかで自分の体を誤魔化せるかどうかは分からないけれど、まだ操縦桿を握ったままでいられる自分の腕に、何処か空寒しさを覚えて。 自分が死ねるくらいに何も殺せなかったから、てっきり戦争なんて冗談じゃないと思っていたけれど。これならザフトだって入れたかもしれないな、なんて。戦闘の片隅でそっと考えて。AAを狙おうとライフルを構える敵をロックオンして、掌に力を入れなおしてバーニアを噴かした。 「3」 ぽつり、と落とされた音は回線も拾わない。無意識に唱えた数字の自覚は、本人にも無かった。 「新たに熱源反応! 四時の方向より戦艦1、MS3、これは…ジンが更に二機とイージスです!」 母艦からの緊急連絡として、届いた声はミリィのものだった。本当にブリッジに座っているらしい彼女の姿を想像してAAを一瞥したキラの瞳に、そっと静かな影が落ちる。 「イージスって…さっき手に入れたばっかの機体をもう実践に投入できるのか?ザフトってやつはよぉ!!」 こんにゃろ、とばかりに回転を増したガンパレルが、また一体のMSを切り裂く。そんなメビウスの様子をモニターで確認しつつ、キラは向かってくるMSの姿を呼び出した。先ほど強奪された機体。其の中の一機にアスランが乗っているのだ。そのMSの色や形を思い出しながらモニターに映し出された姿を見て、キラは一瞬五感が停止するのが分かった。 モニターに映し出される、ストライクとは対照的な鮮やかな紅。記憶通りのその色に、唇が自ずと開かれる。 「ア、スラン…?」 勿論応えは返らない。けれど、其の答えが外れているなんて、望むことすら馬鹿げている程此の瞬間は現実だった。突如動きを止めたストライクに、横から切りかかってくるジンがある。瞬間危険を知らせるアラートが鳴り響き、キラは反射的に握ったままだったビームサーベルを振り回した。 その切っ先はあっさりとジンの胸部を貫通し、音の無い闇の中で熱量だけが増してMSが只の鉄屑に成り果てていった。 「4」 意識はイージスに注がれたまま、キラの唇が数字を紡ぐ。 「キラ、おい、キラ・ヤマト!!!」 突然、此れまで使っていなかった回線から怒鳴り声が割り込んできた。けれど其れは、出所を確かめる間もなく懐かしい人のもので。思い出よりも少しだけ低くなっていたけれど、聞き間違うなどありえなくて。レーダーだけちらりと見遣れば、イージスは真っ直ぐにストライクに近づいていて。顔を上げれば、いつのまにか肉眼でもその姿を確認できた。 「アスラン…?」 ぽつり、と声を回線に乗せる。疑問符を付ける必要の無いくらい確信しか無かったけれど、戸惑いよりも怒気を含んでいるアスランの声音が理解できなかった。 「おまえ、此処で何をしている!!」 噛み付くような説教に、キラがたじろぐ。何をしている、と問われれば、殺していると答えるしか無い。しかし、その単語を自ら言う気にはなれなかった。 「…アスランこそ、どうしてこんなところに!!」 代わりに返した言葉に、伝う気配でアスランの怒気が増したのが分かった。二年の間離れていたけれど、アスランの言いたいことは何となく分かる。厭う別れの為にザフトに入ることすら出来なかったのに、どうしてこんなところに居るのかと。案じてくれているのだ、きっとキラの体を、アスランは。 「俺はザフトだから任務をこなしているだけだ! それよりおまえは…地球軍なのか?!どうして、人殺しなんてできる体じゃないだろ!!」 「僕は地球軍じゃない!!けど、そんなこと言ってる場合じゃないんだ! 殺させたくないなら、アスランが帰ってよ!」 「な…!」 対峙するイージスとストライクの脇を抜けて、ジンがAAに取り付こうとスピードを上げる。その姿を横目で捉えて、キラは迷い無くイージスから踵を返した。 「キ、キラ?!」 話は済んでいない、とばかりに名を呼んでくる。キラだって二年ぶりの再会なのだし話したいこともたくさんあるけれど、それらは全てこんなMS越しに言うことじゃない。 アスランには何も言わずにジンをロックオンすると、ライフルのトリガーを迷い無く押した。AAに取り付く間もなく爆発したジンに、アスランが回線の向こうで息を呑んだのが分かる。 「キラ……?」 これまで一度も聞いたことの無いような呆然とした呼び声が、キラに届く。其処に含まれる感情の無さに、キラがそっと、操縦桿から己の手を外して掌を見つめた。またしても人の命を奪った自らの掌、そして指。それらがけれど確かに自らの意思どおりに動くことを確認するかのように、数度関節を曲げたり伸ばしたりする。 初めて人を殺したときに味わった心臓の早鐘は、先ほどから収まることを忘れたようにどくどくとキラの中心で息づいている。けれど初めて投げ出された戦場に、眼前の邂逅も重なってキラにはもうそれどころではなかった。 「アスラン…信じられる?僕、殺せるんだ…」 アスランは何も言うことができなかった。二年前に別れたままの、アスランの記憶の中のキラならば、人は愚か動物、昆虫などいかなる生物でもその死骸を前にしただけで気持ち悪くなり、其の日一日落ち込んだりしていたものだ。だというのに、自分と同じ人に、更に自分で手を下すなど出来るはずが無い。 「キラ…」 何も言えずに、もう一度名を呼んだ、その時。 「んっ、く、!!」 不自然な空気を切る音が、ストライクから伝わってきた。 「キラ?」 被弾した様子も無い。それなのに一転して緊迫した様子のストライクを、けれど知る術は音声しか繋がない回線だけだ。荒い息が伝わってくるだけの回線に焦れて、アスランはキラの名を呼びながらコンソールに指を走らせた。危険を承知でモニターの一つを回線に使う。中々応えないストライクに其の程度の余裕も無いのかと焦れば、観念したようにキラも映像回線を了承して。 「キラ…!!」 弐年ぶりに間近で見る親友は、けれど顔を真っ青に染めてコックピットの中で身を丸めていた。 時折ひゅっと漏れる音が、聞き違えようの無い悪夢をアスランに教えている。 「おまえ、発作…!!」 互いに、薬の切れた状態を発作と呼ぶ。アスランは本来の獰猛さを増して意識の無いまま手当たり次第暴れ周り、また息の根を止めていく怪物になり。またキラは、空気中の微生物を吸うことすら拒んでその場に崩れ落ちる。その際に現われる典型的な呼吸障害を呈しているキラに、アスランは只キラの名を呼んだ。 「や、あ、アス…!!」 言葉すらろくに紡げなくなったキラに、最早ストライクを操縦することなどできない。今すぐその体を抱きしめてキスをして癒してやりたかったが、状況は到底アスランに其れを許してはいなかった。 「キラ、薬は…?!」 アスランの代わりになる、唯一の。此の二年間キラを生かしてきたはずの薬。けれどキラは弱々しく、苦しさからかバイザーをかなぐり棄て、喉と心臓を両手で押さえて背を丸めながら只首を横に振った。 「キラ…!!」 其の応えに、アスランは悲痛な叫び声を上げるしかできない。 * * * とめどなく自分の名を呼んでくれる誰よりも大切な人の声。其の声に縋るように意識を保ちつつ、生きたい、という感覚が必死に薬を探していた。丁度アスランも其れを聞いてくれて、混濁した意識が薬の在り処を思い出す。 迂闊にも、パイロットスーツに着替えたロッカールームに置いてきてしまっていた。一回一錠、それを日に三回と決められている投薬量をかなぐり捨てて、つい数時間前にその軽く二日分の量を噛み下したばかりだ。パイロットスーツに薬をしまっておけるようなポケットなんて勿論無かったから、大丈夫だろう、と勝手に考えてつい薬を置いてきてしまった。 まさか、こんなにも早く切れるなんて思わなかった。常なら一回呑みそびれたところで何やら動悸がしたり息苦しいような気がするだけで、次の時間にきちんと一錠呑めばそれで簡単に収まったのに。 (あ…きっと、これの所為だ…) どうして、なんて抱く仮説は一つしか無い。死の匂いのする戦場。そこで命を屠っていく自分の腕。それらに信じられないほど無関心でいられたのは、単に薬の所為でしかなかった。耐えられないものを見る自分に、できないことをする自分に、壊れないように、狂わないように。信じられないほど早く、薬の効き目が消費されていったに違いない。 (ど、どうしよ…) このままでは死んでしまう。半ばパニックに陥りかけているキラに、けれどもうストライクを動かすだけの集中すら残されてはいなかった。 (いやだ、アス…!!) 「キラ、投降しろ、ザフトに来るんだ!!」 必死に幼馴染の名を呼んだ。幼い時、自分のことがよく分からずによく発作を起こしたキラ助けてくれたのは、いつもアスランだった。 その彼の声が響いている。薄目を開けてその声に縋ろうとしたキラは、一瞬目の前に広がる闇色に驚いて完全に息を止めてしまった。 「あ…」 (行けないよ) 今自分が何処に立っているのか、やっと理解できた。ゆっくり息を吸おうとして、自然萎縮しようとする喉の奥を自分で叱咤する。吸う度に割れそうに痛い頭をアスランに気付かれないようにして、キラはモニターに映るアスランを見ながら再度首を横に振った。 「どうして…!!」 苦しみから眦にいくつも涙を浮かべるキラよりも、ずっとアスランの方が泣きそうだ、とキラは思った。心配してくれるのは嬉しいけれど、自分はザフトには行けない。 殺せないことははっきりと分かったし、大体もう五人もザフト兵を殺している。 それに、今自分がザフトへ行ってしまったら、護ると決めたAAがどうなってしまうかは自明のことだ。 二年も仲良くしてくれている友達を、見捨てるなんてできない。 「あ…の、艦を、護らな、きゃ…」 一言一言、小さい声で区切って言うのが精一杯だった。なんとか理性を取戻しつつある頭が、母艦の危機を示す為に響いたアラートに、咄嗟に反応して後ろを振り仰ぐ。 「キラ!!」 アスランが叫んだ時には、もう遅かった。一転して俊敏に腕を上げたストライクが、その構えたライフル一撃でジンの胸部を貫いていく。 「く、あふっ、…!!」 打ち抜いた瞬間耐えるように全身を緊張させたキラに、アスランは何も出来ず只操縦桿を強く握り締める。 「おまえ、地球軍じゃないんだろ?なら、どうして…!!」 そんな地球軍の戦艦を守る必要なんて無い。そう叫んで尚も言い寄るアスランは、次の瞬間イージスをMA形態に変化させた。意図が分からなくて白んでいく視界でその様子を認めた瞬間、近づいてきたイージスが持つ強固なクローに、キラはアスランの意図を理解した。 「いや、だ…!!」 片手でなんとかスロットルを倒し、バーニアを吹かせてストライクを後退させる。みすみす捕まってやる気は無い。AAに帰れば薬はあるのだし、どう考えたってザフトには行けない。 「なんで!!」 キラの不調など構わないかのようにストライクを追い回すイージスに、いつしかキラも両手でストライクを操りだす。その間に漸く上がった信号弾に気付いて辺りを見渡せば、ジンはその殆どが撃墜されて残党は帰艦を始めていた。 ならば、とキラもストライクをAAに向け、一気にスピードを上げる。敵艦に不用意に近づくことの出来ないイージスのスピードが落ちるのを確かめながら、回線が生きているうちに最後の力を振り絞って声を上げた。 「あそこには、友達が乗ってるんだ…!!」 |
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