Limited lovers −限界宣言ー
6.aspect
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我武者羅にビームサーベルを振り上げ、そして降ろした。其処に殺意があったわけでも、相手に憎しみがあったわけでもない。只、護りたかっただけ。背後に庇った、大切なカレッジの友達を。 眼前で爆発し、そして霧散していったMSの残骸。それらを空虚に見つめながら、けれどキラの左手は堅く胸を掴んでいた。その下にある心臓の鼓動が、それだけが不自然なくらいに異常を訴えていた。 それまでずっと黙っていた女兵士が、戦闘が終わった為に後ろから身を乗り出してきた。どうしてか指一本動かせないまま一点を見つめるキラを見かねて、横からレーダーを操作して母艦の座標を確かめる。 「ちょっと、貴方…」 コックピットを譲ろうともしない…否、戦闘前に驚くべき速さでOSの書き換えを施したこの機体を、最早彼女が動かすことはできないだろう。 「ちょっと、聞いてるの?!」 事態は緊急だ。早くこの機体を母艦に収容しないといけないし、ザフトに強奪された報告を本国にしなければならない。やるべきことを頭にリストアップしながら、つい漏れ出てしまいそうになる溜息を飲み下して女兵士はキラの肩を叩いた。いつまでも此処に留まっている時間は無いし、第一に次なる攻撃が無いとも限らない。 「あ…」 キラにとって、その感覚は驚きだった。これまで小さな昆虫一匹すら殺すことが嫌で気持ちが悪かったのに、今人の命を一つ奪ったことは、その時の不快感にすら及ばないほどの無感動でしかなかった。けれど、それでも心臓だけは事の重大さを理解しているかのように早鐘を打ち、今自分は人を殺したのだ、という事実を伝えてくる。言葉にしたそれに激しい嫌悪と恐怖を覚えるけれど、命を奪ったはずの両腕は何も考えずに一瞬前と同じように其処に存在していた。キラが、自分が。自分と同じ人間の、命を奪ったにも関わらず。 どうして自分が今妙な事態に陥っているのか分からずに、その不明瞭が更なる混乱を招いていた。コックピットにもう一人人が乗っている事を忘れ、背後に友人を庇っていることすら忘れそうになるほど、キラは自身を持て余していた。 「ちょっと!!」 一層強く、女兵士がキラの身体を揺さぶった。その衝撃にキラの体は激しく前後し、やや間を置いて緩慢に後ろを振り返る。 「あ…」 そして、初めて彼女の存在を思い出したかのように、ゆっくりと焦点を合わせた。 * * * 「それで、貴方の名前はキラ・ヤマト、ね」 確認の為に呼ばれた自分の名前に、キラは遠慮がちに頷いた。 キラが人を殺してしまった後、女兵士―マリュー・ラミアスに連れてこられた戦艦は、どうやらあのヘリオポリスでの混乱の中漸う逃れたものらしい。話を聞いていると、キラが操った物と強奪された物、合わせて五体のMSの母艦となる新造戦艦のようだ。キラとその友人達は、MSに、果ては戦闘に関係してしまった民間人として、マリューに此の戦艦まで連行されたところだった。 「で、君達は皆モルゲンレーテ付属の工業カレッジの学生で、キラ君だけがコーディネイター、と…」 「言っとくけど、キラはザフトじゃねえぞ」 マリューが呟きながら何事かを書き留めている中で、キラの隣に並んでいたトールが憮然と言った。本当はコーディネイターではないけれど、先ほどMSを難なく扱ってしまったことでナチュラルだと言っても通りそうも無い。コーディネイターだと偽っているのは、カレッジでも同じことだった。 と頷いた。それは、まるで慈愛を示すような笑みだったのに。何も言えずに押し黙ったトールの隣で、キラは何故か嫌な予感に体が震えた。 「それで、ストライクのことなんだけれど」 それまで何事かを書き記していたノートをぱたりと閉じ、マリューはキラに向き直った。ストライク、と言うのが先ほどキラが乗ったMSの名称らしい。はい、と返事をしたキラに、マリューは言いずらそうに間を空ける。その居た堪れない沈黙の間に、突然アラートが響き渡った。一変してそれまでのぎくしゃくした雰囲気が消し飛び、右も左も分からないキラ達にしてみればおろおろとマリューを見守るしか無い。マリューも戦闘になれば此処で呑気に学生の相手をしている場合ではない。早く持ち場に着かなければならないし、先ほどの強奪事件で此の艦の艦長に着任する予定の人が殉職してしまった以上、階級順でいけば艦長としてキャプテンシートに座るのはマリューの役目だった。一刻も早くブリッジに戻らなければならない。 けれど、と。マリューの視線がキラを見遣る。言わなければならないことがあるのだ、彼に。生きてこの宙域を離脱し、次に補給を受けるまで沈まない為には、どうしても。 早くしなければ、という焦りの気持ちと、けれど彼は曲がりなりにもコーディネイターで民間人なのだ、という負い目がマリューの中で交錯する。耳を劈くようなアラートに混乱を隠し切れないキラの友人達に指示を出すことも忘れてマリューが立ち尽くしていると、がらりと部屋の扉を開けて駆け込んできた者があった。 「艦長、なにやってんだ、ブリッジに急げ!!」 飛び込んできた若い男は、パイロットスーツを着ていた。それはつまり、今から始まる戦闘に、MSかMAかーに乗って参加することを意味している。場の状況を見て瞬時に何事かを悟ったらしい彼は、ふう、と一つ息を吐くと尊大に腰に両手を当てた。 「艦長、俺が此処を片すから早くブリッジに行ってくれ。初陣だってんでクルーもてんぱっちまってる。人数も足らねえしな」 「しかし、ムウ大尉…!」 ムウ、と呼ばれたその男は、にやりと笑って片手でマリューに行け、と示した。 「適材適所ってやつさ。俺はどっちにしろブリッジには居られねえからな」 「…っ、感謝します!」 言い置いて急いで退出していったマリューを視界で確認すると、ムウは子供達―否、其の中のキラに視線を向けた。 「というわけで、今から戦闘だ。勝手に連れて来ちまってわりいが、話の通りこっちは初陣だわ人が足らないわMAも俺の一機しかないわではっきり言って勝てる見込みが無い」 「え…!!」 そんな、と声を荒げたのは全員一緒だった。 「それって、死ぬってこと…?!」 「まあ、負けたらそうなるだろうな」 飄々と否定すらしないムウに、全員が言葉をなくした。訳も分からないままこんな戦艦に連れてこられて、戦闘に巻き込まれて死ぬなんて冗談ではない。 「なんとかならないんですか、これ新造戦艦なんでしょう?!」 ならば強いんでしょう、と憤りを上げたのはキラだ、先ほど操ったMSだってザフトのジンを簡単に倒してしまうような武器を持っていたのだから、その母艦となる此の艦だって相当強いに違いない。 けれど、そう叫んだキラに、ムウは笑みだけを寄越した。 「そう、搭載している武器は決してザフトに劣らないんだ。だがな、さっきの騒ぎで死人が続出しちまって、どう考えても人が足らない。それで、君達が工業カレッジの学生だってんで、是非協力を頼みたいんだ」 「え…!!」 此れに声を上げたのも、また全員一緒だった。 「死にたくなければブリッジに入ってくれ。言われたとおりにやりゃあいい。そして、キラ・ヤマト、だっけか?」 「…なんです?」 言われるであろうことの、予想がついた。 そして其れが外れないだろう確信と、先ほどマリューが言いかけたことも此れであったのだろうという、事実。 「もう一回、ストライクに乗ってくれないか?」 キラは只俯いて、ムウから視線を外した。嫌だ、と思った。MSに乗って放り出される戦場など、きっとまた人を殺してしまう。その行為に対して、自分の身体が普通のナチュラルやコーディネイターと同じ反応―少しばかりの後悔と嫌悪―ぐらいでは済まないだろう事も容易に想像が付いた。けれどそんなことを、今此処で言うわけには決していかない。そうでなくても、戦場に居たくないからこそ、キラはヘリオポリスに住んでいたのに。 「一人にだけ危険が大きいことを頼んでいる自覚はあるさ。けどな、乗ってくれないとこの艦は沈む。機体を遊ばせてやれる余裕は無いんだ!!」 分かっている。こんな学生にブリッジクルーを頼む時点で何かが間違っているほどに此の艦は緊迫しているのだろう。けれど、其の中でも活路を見出そうとしている、其の為の手段なのだ、全部。 「貴方が乗ればいいじゃないですか…!」
それでも、戦場には行きたくなかった。つい数時間前に全身を巡ったあの不可解な感覚は、二度と味わいたくは無い。本当にこの自分の腕は人殺しをしたのかと思うほど、今もキラは自らの腕を無感動に見下ろすことが出来た。殺したのだ、という言葉にだけ酷い吐き気を覚えて、あの時の状態を思い返せば鼓動だけが早くなった。 「機体を遊ばせたくねぇっつってるだろ!大体さっき坊主がOSを変に弄った所為で俺なんかじゃ動かせねえんだ、言われるまでも無くさっき試してみたさ!!」 そう言われてしまえば、もう返す言葉は無かった。 「キラ…」 不安そうに、友人達が名前を呼んでくれる。結局は断ることなんて、できるはずがなかった。 こんなところで死にたくないし、当然この友達を殺されたくなんてない。 「…貴方達は、卑怯だ」 俯いたまま搾り出したキラの言葉に、ムウが大げさに肩を降ろす。 「こんな状況になったら乗るしかないじゃないか!戦争なんて嫌だから、だからヘリオポリスにいたのに、戦争なんて持ってくるから…!!!」 「ヘリオポリスが中立だってのは百も承知だ。其処でMS作ってたのは悪いな、ぐらい思うさ。けどな、それを今言ってもしょうがねえだろ!!」 ムウの怒鳴り声で、場には一瞬沈黙が流れた。其の隙間を縫うようにして、全艦放送が聞こえてくる。 ―第一戦闘配備、繰り返す、第一戦闘配備。パイロットは搭乗機へ、パイロットは搭乗機へー 「大体な、生きるのに卑怯も何も言ってらんねえだろ」 キラを諭すように、またどこか独白めいて落とされた言葉に、キラの肩がぴくりと震える。キラ自身だって、先ほど生きる為に、そして護る為に人を殺したばかりだ。コーディネイターではなくエヴィデンスであるキラが乗っていたのだから、幾らキラがMSに初めて乗ったのだとしても相手に勝ち目は無かった。それを、人は卑怯と呼ぶのかもしれない。 サイの、トールの、ミリアリアの、そしてカズイの。護りたい人たちの視線が、まっすぐにキラに向けられている。 「乗ります。僕が乗って皆が護れるなら、乗ります」 其の為に、死ななかったはずの人が死ぬのだとしても。 再び還ろうとする先ほどの死の感覚を、今度は強く拳に握り締めた。 酷く心地の悪い感覚だったけれど、死や喪失に比べれば我慢できる。 「よし、決まりだな。他の坊主と嬢ちゃんはどうする?」 そう言ってやっとキラ以外を見渡したムウに、トールが第一声を切った。 「キラがやるっつってんのに俺らがやらねえわけないだろ」 当然だ、とばかりに頷くサイやミリィにもムウが僅か笑みを浮かべる。 「よし、じゃあ決まりだ。すぐ戦闘が始まるだろうから、早速行ってくれ」 そうして簡単にブリッジまでの道を説明すると、サイ達はわらわらと部屋を出て行った。一人取り残される形となったキラに激励を残し、そしてまたキラも返す。 「さて、俺達が唯一のアークエンジェルのパイロットだ」 「アーク、エンジェル…?」 「知らなかったのか? 此の艦の名前だよ。御大層だろ?」 加護があるかは知らんがな。そう目で語って笑う男の姿に、キラは嘆息して俯いた。天使が本当に居たら、人を殺す戦艦に名前を借りられただなんて知ったら怒るだろう。けれど誰も、その存在を信じていないし怒りを怖がったりもしない。只、同じであるはずの人間を殺しに行くだけだ。 「ほら、行くぞ。俺の名前はムウ・ラ・フラガだ」 「…キラ・ヤマトです」
キラの名前を聞き終わらない内に通路へ飛び出したムウは、そのままブリッジとは反対の方向へ体を預けた。其方にドックがあるのだろうと思いながら、キラも後を追う。 通路を急いで進みながら背後のキラの気配を感じて、ムウは一瞬瞳を伏せ、そしてまた直ぐに前を向いた。 年端も行かない少年をMSに乗せることに、躊躇いを消せない艦長の気持ちも分かる。罪悪感だって無いわけじゃない。…けれど。 これしか、方法が無いのだ。 「―――死ぬなよ」 身勝手だと分かっていて、後ろのキラに聞こえないように、そっと呟いた。
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