Limited lovers −限界宣言ー
5.beginning
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其の日は丁度、何ヶ月ぶりかと言うほど久しぶりに彼の夢を見た日だった、なんて。気付いた時は既に漆黒の闇に投げ出されていた。 「あ、アスラン…? アスラン・ザラ?!」 「キラ? キラ・ヤマト!!」 回線を伝った、懐かしい声。 どうして、と。飛び出そうになった叫び声をなんとか嚥下して、嫌になるほど優秀な頭脳が、勝手に事態を整理し始めた。 今日も、いつもの通りカレッジの研究室にやってきた。教授がまた新しいソフトの解析を頼みたいとかメールを送ってきたから、今日は授業も無かったのに渋々登校して来て。研究室で教授を待っていたら、突然緊急警報が鳴り出した。 其の後のことは、只必死だった。空いている救命ポッドを求めて走り回っていたら、妙に開けたところに出てしまって。其処では更に信じられないことに、平和のはずのこのオーブのコロニーで、銃撃戦が行われていた。片方は遠目からでも明らかな、鮮やかな紅と緑を纏ったザフト軍で。それなら相手にしているのは連合なのか、と。瞬間にして打ち破られている眼前の元平和に、瞬間軽い眩暈がした。 こうならないことを信じていたから、ヘリオポリスに住むことを決めたのに。 反射的に危険を叫んで地球軍らしき女兵士を助けてしまったら。却って此方の安否を案じられてしまって。けれど、「来い!」と叫ばれたのに応じてしまったのは、今思えば軽薄だったと思えなくも無い。 フェンスから飛び降りた先に何が横たわっているのか。理解していないわけじゃなかった。 それが、自分が遺伝子レベルで拒絶する殺戮の為の機械なのだと、知らないわけじゃなかったのに。 今何を如何思い返しても、全ては遅すぎるけれど。 横たわる灰色の殺戮兵器を守ろうとする女兵士に、一人の紅いザフト兵が襲い掛かってくる。ナイフを構えるその姿に、一瞬既視感が襲って。バイザーに隠れてよく見えないはずの顔と、瞳。かろうじて揺れるのが見えた宵藍の色に、けれど疑いは微塵も感じなかった。 「ア、スラン…」 独白に近い呟きだったはずのその音を、当然のように拾われたのも相手が彼だったからなのかもしれない。無防備に丸腰で向かい立った自分に、けれど彼は振りかざしたナイフをどうすることも出来ないまま其処に静止していた。 視界を、桜吹雪が埋め尽くした気がした。 それが一瞬だったのかもっと長かったのか、それすらも分からないほどに只その桜に見入っていた。 桜の向こうから、幼い自分達の泣き声が、聞こえる。 「キラは、これからどうするの? ザフトには、入らないんだろ…?」 優しく問うてくれるアスランの声。もうどうしようとも離れるしか自分達の続く道は無いのだと、13の頭で分かりすぎるくらい、理解していたけれど。 頷いて認めることすらできないほど、自分はアスランを必要としていた。 それは相手も同じだと云う事も理解していたけれど、アスランがプラントに行ってしまうことも、またどうしようもないことなのだという理解もできていて。 丁度数ヶ月前に開戦の烽火が上がったころ、自分達は月の幼年学校を卒業した。 そうしたらプラントに居るアスランのお父さんから、アカデミーに入るようにと厳命が下された。同じ評議会議員の子息達もこの春に揃ってアカデミー入りするらしく、入学の予定を延ばすことすらできずに、アスランは慌しく月を発たなくてはならなくなって。 ナチュラルでもコーディネイターでもない、新たな種。研究者達にSEEDと名付けられたアスランの仲間は、この世界に只の一人も居ない。コーディネイターよりも諸能力に優れ、薬での抑制を取り除けば悪魔の如き凶暴性を晒すその本能の齎す戦力を、研究者達が固唾を呑んで見守っているであろうことは、アスラン本人にも簡単に予想が付いていて。 人殺しの戦果を期待されるなど。けれど「下らない」と一蹴することもできないのは、これからは彼らに協力せねば自分が生きることすらできなくなるから。 「キラ…」 堪らなくなって、名を呼ぶ。ほんの少しだけアスランより背が低いキラが、何?と目だけで問いながら顔を上げた。別れが目前に迫るその瞳からは、溢れんばかりの涙が光っていて。 「薬、頂戴…」 ふ、と呟いて顔を寄せる。キラさえ居てくれれば、アスランは研究者の力なんて無くても生きていけるのに。 次第に聞かされてきた自分達の特異な体。人工的な無茶な遺伝子変容の後遺症か、世界にたった独りしかいない種にも関わらず、独りで生きていくことができなくて。 EVIDENCE、と名付けられているキラ。キラもまたこの世に独りしかいない新たな種。強すぎる形質を持つが為に、それがキラもアスランも、自らの命の存続をすら脅かしていて。けれど相反するからこそ、奇跡的にもその中和が可能だから、二人これまで生きてこられた。 血液とか体液とか、そういった体内組織を交換することで、かろうじて。 「薬、って言わないで」 キスを強請る、お決まりのアスランの科白をまた決まった様に返してキラが軽く顔を背ける。生きる為だけならば、互いの血液を凝固させて錠剤にすることも可能だ。それを一日に何錠か、定期的に飲めばいい。けれどキスを望む、その気持ちをまるで無いもののように行為を「薬」と呼ぶことを、キラはいつも嫌がって。 ふっ、とアスランが笑う。その空気に、キラが拗ねた表情のまま、アスランに向き直って。 「キス、しよう。キラ」 呼び方に拘るくせに、そう言い直してやれば瞬間にしてキラの顔が赤く染まる。恋人同士の行為を呼ぶ其の名が、けれど自分達のそれに当てはまるかは分からないけれど。それでもキスが良いのだと、告げられたのは何時だっただろう。互いに違う種だったとしても、それでもアスランとキラが自分に一番近いのだと、感じられるのは互いしかいなくて。 奈落の底に引きずりこまれそうな程の孤独を、癒してくれたのは研究者でも両親でもなく、互いだけなのだと確信できる。 「ア、ス…」 意味も無く名を呼んでくれる。その音を全部咥内に溶け込ませて、いつもより長く唇を合わせる。互いに舌で咥内を弄って、溢れる唾液は全て互いの躯に吸い込まれるように飲み下されていく。終わりを忘れたようにこのままで居たいと思うけれど、どうしても息は苦しくなるし、出立シャトルに定められた別れの時間が近づいてくる。 はあ、と荒い息を整えて、何も言えずに二人視線を絡めあった。 「僕も、ザフトに行こうかな…」 ぽつり、とキラが呟く。キラのザフト入りは、アスランに並ぶその能力の高さもあって、研究者達に強く望まれているのも事実だ。戦場に出れば何者をも蹴散らす脅威の力を持て余すであろうことすら、容易に想像できる。それは、アスランと並べばザフトの双肩になることは間違いないのだろうけれど。 「だめだ。それは、キラ自身が一番良く分かってるだろ?」 アスランとて、キラと離れたいわけでは決して無い。けれど、キラのザフト入りだけはどうしても承服できない。キラもまた、己を知るからこそそれ以上言葉を続けることは出来なかった。アスランと別れない為には、ザフトへ行くしか道はない。けれど、キラの体は。 アスランとは、違うのだ。この世界で唯一同じ強さを持てるかもしれなくても、その本能は互いの力を抑制できるほどに対照的。 もしも薬が切れた時、キラは呼吸すらできなくなる。慈愛の天使のように生きとし生けるもの全ての命を愛するキラにとって、大気中の微生物すら彼にとっては愛すべき友なのだから。 そんな彼に、人間を傷つけ、殺すことができるはずもない。例えその力をどれだけ抑制したところで、キラの身体を蝕む精神的負担は誰にも想像することすらできなかった。 「…戦争が終わったら、一緒に暮らそうね」 アスランの問いに、キラは何も言えなかった。戦後を約する、それしか、今の二人に出来ることは無い。 「ああ」 だからどうか、それまで生きていて、と。戦場に行くアスランにも、戦場を目の当たりにするキラにも。そして互いが傍に居なくなる不安と、何が起こるか分からない自らと相手の身体の不確定要素全部を繋ぎ合わせて、それでも対する為には、願うしか出来ない。 「僕は、オーブのコロニーに行くよ。きっと、戦火も届かないだろうから」 「気を付けてな」 「アスランこそ」 先日アスランがキラに贈ったトリィが、思い出を更に彩る様に二人の頭上で甲高く鳴く。それをちらりとアスランが見上げて、淡い微笑を一つ、浮かべて。 「じゃあ、行くよ」 言い切って離された躯の後、独り残った自分の体温はひどく空寒しいものだった。 けれどそんなこと言葉になんてできなくて、キラも「うん」と頷いて。 「またね」 「うん、またね」 再会を約する別れ言葉、それを舞う花びらに散りばめながら、アスランがくるりと踵を返す。キラはアスランがもう振り返らないだろうことを知っていたし、アスランはキラが、自分が見えなくなるまで見送ってくれることを知っていた。 それから二年。アスランが戦場の何処かに居て、キラがオーブのコロニーの何処かに居るのだろうと、知っていたし信じていたけれど、まさか。 向き合ったまま固まった二人に、けれど何も事情を知らない地球軍の女兵士が、キラもろとも眠っていた殺人兵器の中に飛び込んだ。死に物狂いで電源を入れ、OSをチェックしていくその様子をキラは後ろから放心したまま眺める。 どうして、とそればかりが頭を占める。何処かが「アスランはザフトの任務だ」と叫び、また何処かが「オーブのコロニーである此処にどうして」と叫ぶ。そうすればまた、今自分が乗る連合所属らしいこの殺人兵器―MSは、どうして此処にあるのだろうと疑問が浮かぶ。断じて今朝までヘリオポリスは、戦争とも戦場とも無関係に笑っていたのに。 のろのろと立ち上がったキラ達の乗るMSの、開かれたモニターが外の様子を映し出している。キラ達がこのMSに乗り込んだと同時に我を取戻したアスランが、隣に眠っていた同種のMSに飛び込んだところをモニターは映し出していて。ちっと舌打ちをする女兵士の、連合にとっての此処が不利に転ぼうとしていることがなんとなく分かった。 アスランを乗せたMSは、暫く其処で立ち止まった後、強く地面を蹴って。 高くコロニーの外へ離脱を図ろうとする。その姿を見送って、先ほどの一瞬の邂逅を思い返そうとした、その時。 モニターが、地上を走って逃げるゼミの友達の姿を、捕らえた。 彼らは、キラがヘリオポリスに来たばかりの頃、アスランも居なくて、他に友達も居なくて塞いでばっかりだったキラに何かと気を使ってくれて、また笑顔をくれて。EVIDENCEでもSEEDでもない、そしてコーディネイターでもないナチュラルだけれど、キラにとっては大切な、友達で。 彼らが、地上で地球軍の基地工場―たった今までキラ達が居たゼミのある、モルゲンレーテ を狙うザフトの量産型MSの攻撃に、巻き込まれようとしていて。 MSからすれば蟻ほどの大きさしか無い民間人の姿なんて、気に止めてもらえるとは思えなくて。 どうしてかこの女兵士が操ったのでは動きの悪いこのMSが、任せたままでは彼らを守れるとは思えなかった。 絶対に殺したくも、傷つけたくも無いと思えるくらい、大切な友達だから。 「代わってください!!」 気付いたら荒げていた声のまま、女兵士を突き飛ばすようにしてコックピットに自分が座った。搭載されているOSに目を走らせながら、片手でポケットを探る。 掴み出した錠剤は、キラの殺生を厭う本能を抑制し、キラを生かすいつもの薬。 けれど咄嗟に、一日の規定以上の量を口に含んで噛み下す。 傷つけるのが怖いとか、殺すための兵器に乗っているのだとか、嫌でも込み上げて来る嫌悪感を、モニターで逃げ惑う友人達に意識を集中させて見ない振りをする。 喉を通り抜ける堅い錠剤から、僅か。 アスランの、香りがした。 |
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