Limited lovers −限界宣言ー
4.contrast
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「キラはいいよな」 帰りのホームルームが終わって、皆が帰り支度をするほんの少しの空き時間。 教科書を出そうと机の中をがさごそやっていたら、後ろの席のジョルディがぽつり、と独り言めいた科白を零した。 けれどそれはしっかり自分の名前入りだったから、キラはぴくり、と反応して。 「どういうこと?」 何の気なしに振り向いた其処ではジョルディが、先ほど配られた次の定期テストの範囲表を握り締めながらゆっくりと顔を上に上げた。 「…だって、すんげー頭いいじゃん」 ジョルディの尋常ならない気落ちの原因は、彼の不得意教科とキラとの仲の良さとこの学校のテストの仕組みとの複合系だ。キラの頭が良いのはもう周知の事実だけれど、普通のクラスメイトにこんなこと言われたら、えへへ、と軽い笑みでも浮かべて流している。 「ジョルディ…また、プログラム理論?」 それは、ジュルディが最も苦手とする教科だ。こくり、とうなずく彼を前にして浅く溜息を付くと、とりあえず「大丈夫だよ」と根拠もなく言ってみる。 「キラ、本当に、頼むから今回ばかりはお前の勉強法教えてくれよ…定期の時にはそれを使うんだろ?」 まるで、神か藁か。そんなものを掴むかのように顔の前で両手を合わせて必死に拝んでくるその様は、キラとしてもできれば頷いてあげたい。 しかし、…どれだけ仲が良いと言ったところで、本当のことなど、言っても信じてもらえるはずがないわけで。 まあ、言えるはずもないのだけれど。 キラとアスラン、それにジョルディが通うこの幼年学校は、年に一度の定期テストの際、赤点に追試、それに留年、という制度を設けている。点が悪ければ赤点と呼ばれ、それを取るとその後の長期休み中に追試、と呼ばれるテストを再び受けなければならない。そして、そこで一定以上の点を取らなければ友達と一緒に進級することができなくなるのだ。 そしてジョルディは去年もそのプログラム理論で赤点を取っており、なんとか追試をクリアして進級したのであって。今年の初めには、今度こそプログラム理論の成績を平均ぐらいにしてみせる、と、其の時から仲の良かったキラの前で熱く語ってくれたのだけれど。 どうやら彼の様子だと、また1年何ともならなかったらしい。 「…別に、特別なことはなにもやってないんだけど」 すまなそうに言うキラに、けれどいつもの返事なのでジョルディもそれ以上の追求はしない。 「去年はアスランもそう言ってたな… ったくあいつもキラみたいにやらなくってもできるしほんと羨ましいよ。そう言われても、2人ともマジで何も勉強してないんじゃないかって気がしてしょうがないしさ…」 はー、と、机の上に突っ伏してジョルディは不貞腐れるようにキラを見上げてくる。 「…勉強はしてるよ? 方法って言ったって皆と同じだし…」 「じゃあ言ってみろよ」 「うーんと、教科書読んだり、あ、プログラム関係はもう一回自分で組んで確認したり、語学関係は書き取りとかもするし…」 「…問題は、それをどうやって効率的にやるかだよな。なんたってテストは1日に3つも4つもあるんだし、前日だけじゃとても間に合わないけど、前日にやらないと当日覚えてないし…」 「……」 「キラだってそこをどうにかやりくりするから成績良いんだろ?」 「う、うん。まあね…。覚えてられなくてもプログラム理論の前日はそればっかりやるしかないんだから、それ以外の教科は今からやっちゃうかするしかないんじゃない?」 「分かってるんだけど、分かってるんだけどさ…苦手だと勉強する気もおきないんだよ…キラには分かんないかなあ? やらないとダメだってことも分かってるんだけどさ…」 「ジョルディ、そんなこと言ったって…。やらないとまた赤点…」 「それを言うなってばキラのアホ…分かってるっつってるだろ…」 「分かってるなら…」 「あーはいはい、こういうことをキラに話した俺がバカだったってことだな。悪い、大丈夫だよこんなこと言ってても結局やるんだから、赤点嫌だしさ」 「ジョルディ…」 「ほらほら、帰ろうぜ。今日から一応テスト週間だ。クラブも無いし、下駄箱でアスラン待たせてるんじゃないのか?」 「あ、そうだ!」 ジョルディの言う一言一言に意識が入り込んでいて、もうクラスメイトの殆どが帰ってしまっていることに今更ながら気が付く。ガタリ、と大きな音を立てて立ち上がったキラに、ジョルディも、いつの間にか荷物を詰め終えた鞄を持って立ち上がった。 「だから、俺も母さんに今日は早く帰りなさいって言われてるんだ。キラもアスランも、寮生だからって寄り道すんなよ。俺はしないんだしさ」 「はいはい、んじゃ僕も勉強しようかな、テスト週間だし」 「お前はやらなくてよし、やっても平均点上げるだけなんだから、寧ろプログラム系はやるな!」 教室の入り口でキラが荷物を詰めるのを待ちながら、ジョルディが叫ぶ。それが半分でも冗談が含まれているのかどうかキラには判断できなくて、手を止めてそっとジョルディを振り仰いだ。 そうしたら、彼の雰囲気がいつもの通りに砕けていて、顔にも笑みが浮かんでいたから。キラは安堵して笑み返して、「それはどうだか」と軽口を叩いて残りの荷物を大急ぎで放り込んだ。 クラスで一番仲が良いから。去年からずっと仲が良いから。ジョルディがずっと、プログラム理論の成績のことで苦しんでいるのも、その前日や普段の課題でも、真面目に取り組んでいるのも知っている。それでも、成績が良くならないことも、全部。 けれど、キラもアスランも。どうしてそんなことが起きるのか、そして。それでもこうして笑っていられる、ジョルディの気持ちが分からなくて、2人で首を捻っている。 勿論そんなことは、ジョルディには絶対、秘密なのだけれど。 「ほら、行くぞ!!」 「あー待って待って!!」 こうして笑顔で廊下を駆けている彼の背が、何故かとても、知らないものに見えてきてしまって。 涙が出そうになるのを隠したくて、キラは少しだけ、ジョルディの後ろを走って下駄箱に向かった。 * * * 「そんなわけでさ、本当は、僕に効率の良い勉強の仕方があるなら、聞きたいんだろうけど…」 「残念ながらそんなものは無いな」 「そーなんだよね…」 此処は、寮の中の居間。両親がプラントの重鎮だったり研究者だったりするキラとアスランに月での扶養者は無く、この学校の寮で2人部屋を借りている。 「勉強してないってことは無いんだけどね。けど、前日に時間が足りなくなるもんなんだっていうのは今日知ったかも」 「…別に、1教科あたり1時間もやれば充分すぎるしな」 「やっぱり、それは僕とアスランだけなのかな。…そうだ、今度はアイス屋さんのダブルコーンでいい?」 ふ、と。思い出したかのようにキラが体重を預けていた背を離す。2人掛けのソファでキラに肩を貸しながら本を読んでいた幼馴染は、唐突に消えた温度と振ってきた支離滅裂な問いに、やっと視線を上げてそれを真っ直ぐキラに向けた。 キラを碧に映し込んだその瞳は、いつもの通りに主語の抜けたキラの科白を、けれど余すところ無く理解していて。 「甘いものは好きじゃない」 暗に別のものにしよう、という意思表示。それが分からないキラじゃないはずだけれど、それでも我儘を通すところが、やっぱりキラで。 「抹茶とかお米とか、アスランでも食べれそうなのも結構あるから大丈夫だって!」 譲る気はない、と言い張るその笑顔に、アスランが軽く息を吐いて視線を本へと戻した。それはいつもの、諦めと了解の印で。 「それが美味しいとは限らないだろ」と、呟いた言葉はキラに簡単に無かったことにされた。 だからと言って、キラに勝たせてやる気は毛頭無いけれど。 「じゃあ決まり、ね! どうせいつもみたいにプラントに結果送るんでしょ?」 うきうきとはしゃぐキラに、アスランは器用にも文字を追いながら会話を続けて。 「…だろうな」 「めんどいよね…まあ、研究所に残るよりは今の方が全然良いけど」 「仕方ないんだろうな」
扱っているのは人体実験である、と言えるほど危険な研究を続けていた2つの研究所の存在が世間に露見したのは、キラとアスランが僅か5つ程の幼い時。その時には既に其処此処で地球軍との小競り合いが起きるほどプラントと連合との仲は険悪化しており、まさかコーディネイターより諸能力が優れた成功体が存在するだなんて、そんなこと公言できるはずもなかった。 結局、まだ人体を使って試すほど研究が進んでいないのだと言い訳して研究所を存続させ、存在を隠すために唯一の成功例である2人はこっそりと月への留学を決められた。 本当はどの研究者達も、彼らを手元に置きたがったけれど。伴う危険が余りに大きかったから。 最後の砦として、毎年の学術と運動の成績を研究所へ送ることだけが2人に義務付けられて、初めて。 同じ年の、普通のコーディネイターに会って。 こうして、違いを見せ付けられて、悲しくなったり驚いたりすることもあるけれど。 初めて。 毎日が、楽しくなった。 「んじゃ、僕はアイスの為に勉強でもしようかなー」 そう言って楽しそうにソファを下りたキラに、アスランが横目で視線を送る。 其れに気づいて、キラも振り返り。 「アスランそんなことしてたんじゃ、今回は僕の圧勝かもよ?」 にこり、と微笑むと、アスランも同じくらい綺麗に微笑んで。 「…何」 笑顔の意味が、分からなくて低く尋ねたら。 「安心しろ、この本は先生に薦められたマイクロユニットの解説本だ」 「そんなの、君の趣味じゃないか!」
ずるい! と叫んだキラに、アスランは更に追い討ちを掛ける。 「しかも都合の良い事に、今度の範囲の応用だ」 言った、次の瞬間にはキラの姿は彼の部屋へと消えていた。 「バカ!!」と響いた大音量を一つと、きっと睨んだ視線を一つ、居間に残したままにして。
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