Limited lovers −限界宣言ー
3.another
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「なんとかならんのか、其の為の研究施設だろうが!!」 普段は僅かな機械音と白衣の男たちの人形じみた話し声しかしないその場所に、今日はどうしてか壮年の男の怒鳴り声が木霊した。 「とは申しましても、SEEDを組み込むことが成功するかどうかは未知数だと、処置の最初にも申し上げましたとおり…」 「そんなことは知らん! ともかく、あれは私の息子である以上にコーディネイターの未来を体現化する者だ、必ずSEEDを組み込ませ、あの狭い容器から早く出せ!!」 此処でどんな実験をしているのか、おそらくこの男は半分も分かっていないのだろう。 ザフト軍強硬派の医療軍事施設である此処は、穏健派の似たような施設に対抗するために急ピッチで建てられた為、総責任者である彼の知識が少ないことをとやかく言っている場合ではない。 それでも、コーディネイターがより高みへと上るために。より優秀なDNAと最先端の科学技術を組み合わせる被検体に、彼の息子ほどの適任者は居なかったのだから仕方が無い。 総責任者であり、国防委員長でもあるこの男のプライドと、この施設で行われている実験を組み込むDNAの相性と、双方を満足させる為には。 しかし、それらを兼ね備えた試験管の中の赤子が、少しずつ成長するに従って。やはりと言うべきか、現実は甘くないと実感すべきか。予測していなかった赤子の発育状況は、とうとう彼を大気の中に晒せないまでに大きくなってしまっていた。 …既に細胞一つではない、人の形を取ろうとしているこの小さな命の、DNAを書き換えることはもうできない。
なんとかしろ、とそればかりを鸚鵡のように叫ぶ父の目に我が子の生命を案じる愛情は欠片として無く、しかし科学が産み落とそうとしているその子供の、利用価値だけは誰よりも知っている父だった。 「一週間後にまた来る」 おろおろとするばかりの科学者達にこれみよがしに大きく溜息を付くと、国防委員長であるパトリック・ザラは、次の予定をこなす為に一言だけを置き去りに踵を返して研究所を立ち去った。 そして、数日後。 「ヴィア、ヴィアじゃないか、それにユーレンも!!」 今は敵とも言うべき双極の研究所に居るはずの、かつてのこの研究所の仲間。 「2人ともどうしたんだ、それにその子供!!」 「…キラ、キラ…」 ヴィアが必死に呼び続ける、我が子の名。 「おい、早く羊水を満たせ、死んでしまうぞ!!」 パトリックの息子にかかりきりになって意気消沈していた研究所に、突如齎された嵐。 「お願い、この子を…」 何も言わずに託した、その様子から、只の子供ではないと、皆が覚悟して。 それでも死にそうなキラを片端から調べ上げ、誰もが息を呑んで。 「おい、ユーレン。この子供は……」 「…EVIDENCE。俺が居たあそこの、唯一の成功体だよ」 成功体と呼ばれながら、それでも人としてこの大気の中では生きられない。 それは、その隣で眠る、未だ子宮の中に居るはずの大きさしか無い件の赤子と、同じで。 「キラの、EVIDENCEの情報をあげる。だから、キラを助けて、キラを調べていいから、助けてあげて…!!」 羊水の中で一時の安定を取戻しただけの我が子をなんとか生かしたいと、ヴィアが叫んだのは。 字面こそ違えど、それは。数日前に訪れたパトリック・ザラが叫んだ言葉を、想起させるぐらいには似通っていた。 そして。 全く異なる研究の下、しかしナチュラルともコーディネイターとも違う第三・第四の種として生まれた彼らの、決定的な欠乏点は。 まるで、定められた運命であるかのように。 互いが互いに会いたいと叫ぶように。 その命でもって、相手を生かした。 「…分かった」 それから、5ヵ月後のこと。 生き残る確信を誰もに与えた宵藍の髪を持つ子供が、人として生まれ出でる頃合にまで成長した頃。 何が我が子を生かし、これからも生かし続けるのか。一通りの説明を聞き終えたパトリック・ザラは、いよいよ羊水を抜きとろうというその場にキラとヴィアを呼び出した。 まだ母の腕の中ですやすやと眠るキラをちらりと見遣り、ふっとひとつ息を吐く。 「…アスラン」 初めて口に出して呼ぶ名。 それは、いよいよ生まれるのだと知ったときにパトリックの妻であるレノアが我が子に贈った名だ。 ただ、彼女はこうしてアスランが生まれる光景を見たくないからと、今日はこの場にはいなかったのだが。 そうしてゆっくりと、羊水が抜き取られて。 静かに明けられた外界への出口を、小さなアスランがそっと。 人の腕に抱かれて、通り抜けた。 SEED。 それは、ナチュラルなど皆滅んでしまえばよい、と。ザフトの強硬派が目論んだそのままの新たな人類。 強すぎる残虐性と攻撃性を併せ持った身体は、一般的な人間としての生活を営むこと適わず。 手当たり次第に五感が捉えた生き物を殺すべく彷徨う腕を、静かに下ろすためには。 正反対だと研究者達を感嘆させた、キラのDNAが用いられた。 そして、キラの何ものをも殺せないエビデンスの特性を緩和させるためにも、また同じことが言えて。 2人は、人になった。 |
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