Limited lovers −限界宣言ー




2.noon








 

「アスラン」

 

 呼ばれた声に振り返ると、昼休みの喧騒が校内を包み込む中で、どこか逸脱した空気を纏った幼馴染が穏やかに笑っていた。

 

「…キラ」

 それにいつものように笑み返して、何も言わずに手を差し伸べる。

 此処は、誰も来ない体育倉庫の更に裏。運動場で球技や縄跳びに耽る級友達の笑い声を遠くに聞きながら、二人は放置されている跳び箱の狭い隙間に身を寄せ合った。

 

「今日は早かったな」

「ジョルディが休みだったから…」

「おまえ、それならご飯食べてないんだろう」

「……だって、美味しくない」

 悪びれも無く昼食抜きを宣言するキラに、アスランがいつものように溜息をつく。けれど、今は二人の距離が極端に近い。耳元に吹きかけられるような距離で呆れられて、キラの機嫌がいつもよりも急降下で悪くなった。

「そんな顔するならアスランがJ組に来てくれれば良かったんだ」

「…おまえなぁ、今年の春初めて違うクラスになった時に、自分が何て言ったのかもう忘れたか?」

 たしなめるようなその言葉に、薄暗がりでも分かるくらいにキラの顔は真っ赤になる。

「覚えてるよ!覚えてるけど、1人の時は来てくれてもいいじゃん!」

「…寂しいならおまえがD組に来いよ」

「……やだ」

「どうして」

 自分から言い出した約束を反故にするくらい、いつものキラなら無頓着でやるくせに。どこか腑に落ちない一枚挟んだ物言いに、アスランが焦れて先を促すと。

「…だって、僕が知らない人がアスランと居るんだ」

「……」

 そんな理由か、と。笑い飛ばす余裕なんて掻き消された。

 

 いくら幼馴染だとは言っても、違うクラスなのに一緒にお弁当を食べるのは可笑しいよ、と。最高学年になった今年の春、キラはクラス発表がされた掲示板の前でそうアスランに切り出した。キラのクラスにはその前の年に2人と同じクラスでそこそこ仲が良くなったジョルディが居たから、アスランもそうか、の2つ返事で提案を了承して。

 それに寂しさを覚えたなんて口が裂けても言わないけれど、1人の寂しさを否定もしないキラの真っ直ぐな狡さには、ほんの少し、憎らしさを覚えたりもして。

 

 けれど、互いに何があっても特別な位置に自分が立っていることは、信頼でも自信でもなく、必然として知ってしまっているから。

 

 馬鹿らしい、と一蹴できそうな些末事にキラがこだわったとして。それをどこまでも嬉しいと感じてしまったとしても。

 わざわざ、1人じゃないだろ、なんて。声に出して言ってやる気は起きなかった。

 

「…もうその話はいいだろ。薬の時間だ」

「薬って言うな」

 

 軽く上目遣いでアスランを睨み付けたキラが、けれど此処に来た目的を言及されて観念したかのように全身の力を抜く。

 この12年間、物心付いたときから行っている日に3度の投薬は、どうすれば全身に上手くそれが回っていくのかも、もう感覚で知っていて。

 

「…薬は薬だ。俺たちは、此れが無いと生きられない」

 

 呟いた瞬間、2人の距離が更に縮まって、閉じられたキラの唇にアスランの其れが重なった。

 舌先で突いて相手の唇をこじ開けると、互いに舌を絡めあって溢れ出る唾液を交換する。互いの体液なら何でも己に生を与えてくれる、それはもう2人にとっては理屈よりも感覚で常識となりえる事柄だったが、同時に他の誰も、自分たちのようなことはしないのだともう年齢的に知っていた。

 

 だからこそ、まるでいけないことをするかのように、こんな体育倉庫の裏に隠れて。

 

 その閉塞感と、得体の知れない身体の高ぶりが。一瞬の快楽を伴って2人の全身を駆け抜けていく。

 

「ふう……」

 

 定められた営みを終え、一つ大きく息を付いたキラをアスランが静かに見下ろす。

 先ほどまで食って掛かってきた大きな紫の瞳が、この行為を終えるたびに周囲を赤く彩って不思議な艶と光を帯びるような気がする。

 …なんだか今日は、酷くキラを苛めたかった。

 

「わざわざ昼休みに俺と会うのが面倒なら飲み薬にするか?そうすれば昼食の後にお茶に混ぜて飲むだけでいい」

「…アスラン、それ、本気で言ってる…?」

 まだ息を上がらせたままのキラが、途切れ途切れに返す言葉は上ずっていて妙に甘い。

「俺は、いつだって本気だ」

 けれど。

「…僕は、今のままでいいよ。けど、アスランが面倒なら考える」

 さっきみたいにつまらない事には酷く拘るくせに、この類の話になると、キラはいつも消極的で。 

 

 いつもそうやって、決定権を人に託して。自分は従っているだけの振りをして、そのくせその大きな瞳には、自分の願いを大書きにして。

 そういう風だから、泣かせるより、笑わせてやりたくなる。

 俺に向けられるその顔が幸せそうであればいいと、思ってしまう。

 

本来ならばその幸せを願うこともないはずの、全く別種の存在なのに。

 

 

「…嫌なら最初から言ってるさ、俺はこの方法が気に入っているんだ。日に1回、クラスが違っててもキラに会えるし」

 

 言った途端、キラの表情には予想通りの笑みが表れて。

「そうだよね、やっぱり、学校でも1回は会えた方がいいよね!」

 

 飛び上がらんばかりに喜んで、そうしていつもの通り、近すぎる傍らの温もりから、離れて立つのが惜しいように感じられて。

 

 やっぱり今日も、予鈴が鳴るぎりぎりまで2人、古ぼけた跳び箱の間で時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、2人が出会ってから12年後の初夏の話。

 

 EVIDENCEとSEED。

 相反する力を持つ2つの生ける証拠を今はまだ戦争から遠ざけ、人目に晒さないために。

 笑顔だけを伴って月の幼年学校で暮らした、ほんの僅かで幸せなお話。















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