Limited lovers −限界宣言ー




17.alternative









 レーダーにひとつ、鮮やかな光点が映り込んだ。
 敵の色をしたそれは、戦闘配備中の辺りの宙域の中で唯一、明確な速さを伴ってストライクの方に進んでくる。

 ポーン、と。
 パイロットに注意を促すべく響いた電子音は、その接近を知らせるもの。
 パイロットとしてコックピットに本当に彼が乗っているかを確かめる術は無いが、照合した名称は確かに真紅の機体を指していた。

「アスラン…」

 呟いた音に何の感情を込めてしまったのかは、キラも自身でよくわからない。
 だがそれを至近距離で聞きとめて小さく眉を顰めたラクスの、表情に宿る想いの方がキラには一層分からなかった。

「時間が、ありませんわね」

 ぽつり言うラクスが瞳に表わす痛みは、誰のものだろう。
 キラがこのままプラントに向かうことができないと、誰より深く理解できるのはラクスだけなのに。

「本当は、言うつもりなどなかったのです。けれどキラ、アスランだけは、あの存在だけはだめですわ…」

 だめ、と。
 紡いだその音は酷くラクスには不似合いだった。
 常に迷いなく、真っ直ぐに前を見据えるこのひとにも、絶望を覚える時はあるのだろうか。

「ラクス?」

 けれどキラの欲しいのは、キラ自身の特別な場所を明け渡したいと望むのはアスランに対してだけだ。
 それをだめだと、何故ラクスが言うのだろう。


 甲高い電子音を伴って、レーダーの明滅が近づいてくる。

 あそこに、彼は乗っているのに。


「キラが、正確にはキラの両親がキラを連れて研究所を離反し、オーブに降りた時から計画は始まっていたと聞きました。けれどそれは、かつてのキラやアスランや、私のように研究所の中だけの存在だった。しかし、こうしてキラが連合に組してザフトに刃を向けているという事実が上に渡ったとき、彼らは彼女を解き放ちました」

「かの、じょ…?」

 ラクスの指す女性に、キラは全く心当たりがない。
 けれど、EVIDENCEとしてばかりでなく新人類としての役目を全て放棄した自覚はキラにある。
 プラントを去り、薬だけを消費しながらオーブで一般人に紛れていたのだから否定の仕様もないだろう。
 事実、開戦の兆しの濃くなった月や、アスランをはじめとした同い年の男の子達が次々と従軍していくプラントに、安心して住めるはずもなかった。
 自分が少しでも血の匂いのする場所にはいられないだろうという、予感というには過ぎた確信は紛れもない事実だったのだから。

 只ラクスの言い方を聞く限り、その「彼女」というのはまるでキラの代わりのようではないか。
 そんな存在を、キラは知らない。

「それ、だれ…?」

 キラが抱いたのは純粋な疑問だった。
 だがその要の部分を言うには幾許かの迷いがあるようで、ラクスも俯き、口ごもってしまう。
 だが何故かキラにアスランを諦めさせようとするその意図の、理由をキラは知りたかった。

 キラを欲しいと、その感情だけで嘘や誇張をラクスは言わない。
 否、欲する想いも暴れる恋情も、全ては唯一の同種であるという安堵と、いずれ訪れる『覚醒』に対する不安から生まれたものに過ぎないのかもしれない。

 何処までが自分だけの感情なのか、ラクスはおそらく答えを持ち得ない。

 それでも自らを支配する得体の知れないEVIDENCEに、そして自らを生かすSEED、そしてそれらを操ろうとする研究所そのものに感じる、本能的な畏怖と恐怖を棄てることはできない。
 彼らが見捨てれば、自分達に明日はないのだから。

「研究所の記録では、キラは先のヘリオポリスG奪取作戦の折に、死亡したことになっています」

「え…?」

「…酷なことを申し上げますが、これまでもキラの存在は非常に微妙なものでした。EVIDENCEである以上兵士にするわけにはいかないのも当然ですが、代わりにその圧倒的に優れた知能を使わせようにも、今はその全てが戦争へと集結しています。EVIDENCEであることを公表して従軍を免除するわけにもいきませんし、一度社会と接触してしまった以上、もう一度隠すことも不可能に近かった」

 オーブに渡った時点で、半分ほど廃棄されたような状態だったそうですわ。
 と、紡ぐラクスに容赦はない。それも、今こうしてラクス、という二体目のEVIDENCEを眼前にしているのだから納得もできる。
 名を聞いて分かったことだが、彼女もまたアスランと同じプラントの最高評議会議員の血を引いている。
 EVIDENCEとSEEDを扱う研究所はキラが生まれた頃には全く別で、ともすれば対立していたようなものだったが、ラクスの語る話の流れから察するに開戦に伴って統合でもされたのだろう。

 扱いに困る一体目よりも、よほど研究所にとってはプロパガンダの隠れ蓑を持つラクスの方が扱いやすいのだろう。
 生まれたときから、否それ以前に試験管の中で存在を始めたときから、自らより劣るはずのコーディネイターの研究者達にそれこそ品定めをするような無機質な視線を向けられることには慣れている。
 彼らが持つ唯一の価値判断も、骨身に染みるほど知っている。
 だからこそ、ラクスの語る全ては真実でしかない。傷を舐めあったところで、事実は変わらない。

「SEEDを今後、再び人為的に作り出すことはほぼ不可能だと言われています。アスランは研究の完成というよりは、奇跡が生んだ突然変異なのだそうです」

 けれどどの事実が真実で、そして一番深い傷を作り出すのか。
 それは誰にも分からない。

 それでもアスランにとってのラクスは、今後おそらくは現れないのだという。
 彼を孤独から救う存在は、この世界の何処にもいない。

「ザラ議長は、アスランを、SEEDを後世に伝える為により秀でた遺伝子を持つ彼の伴侶を求めています。そしてそれが、彼女」

「僕の、代わりの…?」

 呻くように吐き出した音に、ラクスは迷いなく頷いた。

「なに、それ…」

 キラの代わりだというその存在がなんなのか、ラクスは教えてくれない。
 三代目のEVIDENCEなのか、それとも全く異なる種であるのか。
 それでもキラの居た場所をキラの知らない間に全て取っていたその存在は、アスランの傍らまでもをキラから奪おうとする。

 研究所にとって価値ある固体である地位も、全ての存在の中で最も秀でているのではないかと謳われた頭脳も、何もかも明け渡したって構わない。
 だがアスランの隣は、自分だけのものだとキラは思う。アスランが生きるために求めてくれるのは、自分だけなのだから。


不意に、レーダーの中の光点が静止する。
 ラクスの話に引き摺られるように聞き入っていたが、気付けばイージスはストライクとの、お互いの間合いともいうべき攻撃射程距離の僅か外側でその動きを止めていた。

 そこに戦闘の意思が無いことを悟ったが、だがこれは幼馴染の、懐かしい邂逅なんかじゃない。
 手を取り合って笑い合える、そんな距離に立っているわけでもない。
 けれど愛しい恋人同士が、熱く抱擁を交わすのを躊躇っているわけでも、ない。


「武装解除を肉眼で確かめる。…そこから、動かないで」


 一方的に繋いだ回線に、向こうで息を呑む気配がした。
 作り出した硬質な声音に隠した涙声に、彼が気付かなければいいと思う。

 涙の理由は、キラ自身もわからない。




 ただ彼の一番で、ずっとずっと在りたかった。












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