Limited lovers −限界宣言ー
15.determination
| 何度気を失ったら気が済むのだろう、と。次に覚醒した時にキラが抱いたのはそんな自嘲だった。 視界一面が白で覆われた医務室の中で、自分ひとりだけが不自然に浮いている感覚。 起き上がろう、ともがいた全身に力は入らず、慣れない鈍痛が腰に走っただけだった。 その痛みで漸く、何故自分が此処で寝ていたのかを思い出す。 「フレイ…」 ふ、と浮かんだのは、銀に光るナイフを咄嗟に振り上げた時のフレイの表情だった。 世界の全ての罪と憎しみに向けるような顔をして、そうすることが何よりの正義なのだと疑わないで凶器を投げつけた彼女の瞳。 その論理が正しいかどうか等に興味はないだろう。 フレイにとって、悪はキラなのだから。 謝ることは簡単だ。 けれどそれが、何か新たなものを生むとは思えなかった。 死んでしまった人が決して帰らないように、フレイの感情もまた変わらない。 「きつ…」 純粋な悪感情をぶつけられるのは始めてのことだ、と、キラは未だぼんやりとした思考の中でそんなことを考えた。 どんなに小さく、弱く、儚い命であろうとそれは尊ぶべき大切なものだ。 それと同様に、人の生きるこの世界の中では個々が抱くどんな感情も、どれだけ些細なものであったとしても、本人にとっては何よりも大切なものなのだ。 それは揺るぎようのない真実であって、何故かキラは、己の周囲を傷つけないように自分を取り巻く全ての人とうまく付き合うことが得意だった。 成長して周りをより観察できるようになって漸く、自分のそのような特技にも気づくことができたわけだが。 アスランに言わせれば、それはEVIDENCEだからではなくキラがキラだからだ、ということらしいのだが、比べるべきEVIDENCEなど知らないのだからキラには何も答えようがない。 ただ、そのようなわけで誰もキラのことを嫌いだと言う者はいなかった。 それが普通の人間ではまずありえないことだと思い当たった時は、やはり自分がEVIDENCEだからだろうと思ったけれど。 そういうわけで、フレイに今後何を言えばよいのか皆目見当が付かない。 否、自分を殺しかけた相手に言う恨み以外の言葉なんて、全て不自然でしかないのかもしれないけれど。 それでも、フレイはヘリオポリスで、直接仲の良い友人ではなかったかもしれないけれど、自分が護ろうと決めた人の一人だ。 その人を何より傷つけたのが自分だということに、キラは身が竦むような恐怖を覚える。 自分はいったい、こんなところで何をしているのだろうか、と。 全身を預けている清潔な白のベッドに、そのままどこまでも沈んでいってしまうような錯覚を覚えた、其の時。 軽い音を立てて開いた扉の向こうに、目が眩むような強い光が通路を照らしている。 頭の片隅で室内がごく控えめな照明で照らされていることを今更のように認識しながら、医務室の入り口に佇む来訪者に自然瞳が見開かれた。 「ラクス…?」 桃色の髪を惜しげもなく無造作に後ろに流したその姿が、寧ろ彼女を取り巻く後光に見えた、だなんて言ったらどんな顔をするだろう。 「ど、して…?」 うまく呂律が回らないのが、驚きなのか不調の所為なのかすら判然としない。 混乱の為に彼女の存在すら一時忘れていたものが、突如、彼女が齎した巨大すぎる事実と驚きと共に思い出されてキラは咄嗟に、もう一度上体を起こそうと試みた。 けれどそれは、優しくラクスに遮られる。 「お話は、全てお伺いいたしました」 そうして差し出された紙袋は、キラがここ数年ずっと傍らに置いてきたもの。 そして僅か数日前に、全て使い果たして空にしてしまったもの。 SEED 「この薬に傷を治す効果があるかは存じませんが、今のキラの体力では治るものも治りませんわ。戦闘中に、御自分の分は空にしてしまったのでしょう…?」 保護された民間人、という立場から一転、彼女の待遇は捕虜のそれのはずだ。 そのラクスがどうして誰も連れずに一人で医務室へやってきたのだろう、という当然の問いを投げかける余力すらキラには無く、枕元に置かれた包みに視線を向けることしかできない。 「でも、これは…」 包みの大きさは両の掌にずっしりと収まる程度ほどもある。 EVIDENCEの体に負担を強いない生活をしているラクスが常備するには、あまりに多い。 大事を考えた予備を含めたとしても、おそらくはこれが今ラクスの手元にある全て。 「私の分は、本国に帰ればいくらでも間に合わせられます。今はキラの方が、私などよりずっとこれを必要としていますわ」 キラの視線の意味を正確に悟ったのだろう。 淀みのない言葉で、ラクスはきっぱりとSEEDを突きつけてくる。 本当にラクスがキラと全く同種のEVIDENCEであれば、薬が切れた瞬間にこの大気に存在するありとあらゆる微生物を殺すことを厭い、自ら呼吸を止めて死を招くしか道はない。 しかしSEEDがあれば、その新陳代謝を一般的な人間かそれ以上まで高めることが可能だ。 その代償に死んでいく肉眼にも写らない僅かな命への罪悪感さえ、自らの中で片してしまえば体は本能を仕舞い込む。 SEEDがあれば、一両日の内に動くことができる。 それは、知り尽くした自らの体とSEEDを考えれば妥当な推測だった。 そうして体が動くようになれば、また護らなければならなくなる。 否、護るのだ。大切な友人たちを。 その為には、どうしてもSEEDが必要になる。 「ありが、とう…」 ラクスを見上げながら小さく礼を言った後、踵を返そうとする彼女を強い視線で引きとめた。 このままラクスを、この艦に閉じ込めておくわけにはいかない。 SEEDを貰ってしまえば、尚更だ。 ふと視線を巡らした先の時刻表示を見れば、標準時で今は早朝。 包みからSEEDを一錠だけ取り出して、まだふらふらと覚束ないそれをラクスに向ける。 「これで、今日一日待ってて」 「キラ…?」 不思議そうに呟く彼女の手に小さなそれを押し付けて、乱暴に再び袋の中に手を入れる。 掴んだ二、三錠をそのまま噛み砕いたら、途切れ途切れになっていた呼吸が、少しだけでも落ち着いた気がした。 あまりに粗雑なSEEDの摂取に、ラクスが少しだけ、痛ましげに目を細める。 キラはそれに気づいたけれど、敢えて気づかない振りを通すことにした。 ラクスには悪いけれど、今はSEEDが無いととても持たない。 摂取したばかりだからこそ、その顕著な違いに改めて自らの生理的本能を思い知らされた。 「SEEDを飲んで、寝たら治るから。そしたら、君をザフトに送り返すよ」 「え…」 「君は此処にいちゃダメだ」 「けれど…」 「SEEDのお礼だと思ってくれればいいよ。この艦を追いかけて、アスランが迫ってきてるはずだから。彼のところに連れて行く」 「それはあまりに、キラが危険なのでは…」 さきほどSEEDを突き付けてきたときとは別人のように、うろたえながらラクスは紡ぐ。 けれど一度決めたキラの決意が、揺らぐはずもなかった。 初めて同種だと知らされた存在を。 自らの『発作』の危険性と引き換えにしてもSEEDを譲ってくれた人を。護りたいと思って何が悪い。 「大丈夫」 根拠も無く言い切るキラの背を押すのは、好きだと思う全てを護ろうとする意思。 それが果たして本能なのかどうかは、キラ自身にも分からないけれど。 「今晩迎えに行くよ。だからそれまでは、部屋に戻って一歩も出ないでね」 ベッドに横たわるキラにラクスが注いだ視線は、果たして哀れみか、恐れだったか。 小さくひとつ頷いたラクスが、医務室を出て行くと同時にキラはそのまま意識を手放した。 規則正しい寝息ひとつ。 それすらも薬を摂取しなければ得られない体。 けれどだからこそ、護れるものがある。 |
|
back top next |