Limited lovers −限界宣言ー




14.pain









「フレイ!!」
 叫んだのは、トールとミリアリアが同時だった。
 けれどその大音量にフレイが立ち止まることも怯む素振りも見せずに、その視線はまっすぐにキラを貫いている。

「…つ、き…」
「え…??」
 小さく紡がれたフレイの科白が聞き取れなくて、キラがベッドの上から聞き返す。
 精神疲労の為に昏倒し、今やっと覚醒したばかりのキラが、その上体を起こすことは難しい。
 弱々しくか細い声を上げるしかないキラを、それでもこれ以上無いほどの憎しみを宿してフレイはキラを睨み付ける。

「この、うそつき…!!!」
 
会話をする余裕はキラに与えられず、最初からフレイにそのつもりは無かったのだろう。
 はっきりとした音を伴った言葉はけれど同時に奇声と絶叫の側面を併せ持ちながら、深紅を振り乱して鈍い金属光がキラに迫る。
「だめぇ!!」
 ミリアリアが悲鳴に近い声を上げたのと、トールがフレイを後ろから羽交い絞めにしたのはほぼ同時だった。
 背後から両腕を力ずくで拘束されて、フレイは錯乱したように暴れ、トールを振りほどこうとする。

 キラが眼前の出来事を目を見開いただけで感情を映さぬままに流していく中で、それは正に父を殺された痛みを消化できず、誰かを罰し、傷つけることでしか救われないと思い込んだ一種真に可愛そうでかないフレイの、最終手段だった。
 右手に持たれ、振り上げられた光るナイフは、トールのきつい締め上げに屈することなく医務室の淡い照明に照らされてどこか作り物めいて見えた。
 そしてそれを次の瞬間フレイは持ち替え、小さくではあったが軽く引くことで狙いを定め、僅かの迷いも見せぬまま、投げた。

「護るって、大丈夫だよって、言ったくせに…!!」
「キラ!!」
 咄嗟に反応したミリアリアよりも、投げつけられたナイフの方が速いのは事実でしかなく。
 いくらEVIENCEとして誰よりも特化した身体能力を持つキラだとは言っても、弱りきった体で友人から投げつけられたナイフを避けられるかといえば。

 過たずキラの中心に狙いを定められたそれから、ほんの僅か、体を逸らし、ずらすことに成功しただけだった。
 それも、常人より遥かに本能に支配されている体だからこそのもので。
 瞬きする間もなく、清潔なシーツが血で染まっていく。
「キラ…!!」
「医者呼んで来いミリィ、早く!」
「く…っ」

 全身の感覚が戻りかけるほどには回復していたからこそ、突如与えられた痛みはより神経を過敏にさせる。
 見えないながらも脇腹か、と苦痛に眉を寄せつつもフレイを見上げる瞳には、キラ自身驚くほどに彼女を責める色が見当たらなかった。

「何よその目、怒りなさいよ!!」
 いくらそのつもりだったとは言え、確かに自らの手で人に血を流させたという事実に決して怯えぬよう強くキラを睨み付けて、もう暴れることもなくフレイは叫ぶ。
 その脇をばたばたとミリアリアが走り抜け、もう何もさせまいと一層の力をトールがフレイに押し付ける。

 キラは、何も言わなかった。
「フレイ?!」
 一種の沈黙を破ったのは、何の前触れも無く部屋に飛び込んできたサイだった。
そ の後ろからはカズイの姿も見え隠れしている。二人が同時に、ベッドに横たわるキラとそこに刺さったままになっているナイフ、そしてその周囲に惜しげ無く流れ出している紅に音を無くした。

「フレイ、お前…!!」

 信じられないという表情でサイはフレイを見遣るが、彼女の視線は決してサイには帰らない。
 キラと静かに対峙したまま、その凪いだ瞳に苛烈な憎悪をぶつけている。
「どうしてパパを護ってくれなかったのよ!!」
 死んでしまった。其処に理由を求めれば自ずと、かけがえのない肉親に理不尽な死を突きつけた悪魔を捜し求める。
 復讐を、生きる理由にする為に。
 フレイが叫ぶ問いに何を返したところで、決して納得などしないだろうに。
 それが分かっているのかいないのか、キラは痛みに僅か眉を寄せつつも、静かにフレイを見上げ続ける。
 決して逸らさないその視線で以って、仕方なかったのだと、言えもしないけれど自分の限界だったのだと、伝えでもするように。

「キラくん?!」

 そうして二度目、その場の沈黙を破りつつ部屋に飛び込んできたのは。
 事態を聞きつけてブリッジを飛び出して来たのだろう艦長と、その後ろから手早くキラに近寄り、傷の状態を窺う軍医。そして既に半泣きになって激しく息をついているミリアリアの三人だった。
 マリューは素早くその場の雰囲気を察知すると、トールとサイ、カズイとミリアリアの四人に即刻フレイを居住区に連れ戻すよう指示をした。
 まずはと一思いに軍医がナイフを引き抜いた瞬間、濁った嫌な音を立てて更に溢れた濃い赤に、ミリアリアはとうとうその頬に涙を伝わらせ、カズイが溜まりかねたようにフレイを睨んだ。

「どうしてこんなことしたんだよ、キラが戦えなかったら、フレイだって死んじゃうんだぞ!!」

「カズイ!!」
 サイが大声でたしなめた意味は果たしてカズイに通じたのか。
 その瞬間に大きく目を見開いたキラが、何を思ったかは誰も知らない。
 
「かまいはしないわ」
 そうしてそのカズイの言葉にだけ、口を引き結んでいたフレイは言葉を重ねる。

「キラなんてどうせ、自分もコーディネイターだからって本気で戦ってないんでしょ!!!」

「よせ、フレイ!!」
 今度こそ怒鳴るような声で、サイがその場を黙らせる。
「いいから早くアルスターを連れて行きなさい!」
「パパを返してよ、返して!!」
「行くぞフレイ!」
 ぞろぞろと連れ立って五人が医務室を出て行った後も、キラの瞳は驚いたように見開かれたまま虚空を見上げていた。

 ただその表情には、痛みのためでないもう一つの感情が宿っている。
 
 戦場に在りながら死力を尽くさないことは、罪悪なのだ、と。

 それは、これまでキラか思い当たらなかった罪であり、突き上げてきたのは驚きだった。
 しかしキラは、死地でその身体能力を全て解放することそのものが不可能な生物であり、そして何よりアスランが、敵として正面に立っていたのだ。
 持てる力の全てなど出せはしない。
 そして今、命を紡ぐために必要なSEEDも底をついいる。

 けれどそれは全て、言い訳でしかないのだろうか。
 それでも尚、酷い呼吸障害と吐き気、頭痛を伴いながら敵機を落とすことは、罪でしかないのだろうか。


 EVIDENCEであるならば、戦地に赴くこと自体が罪なのか。
 けれど、護りたいと思ったことは本当であるはずなのに。


 只錯綜した感情ばかりが突き上げて、キラの体を支配する。




 この力を全て、アスランの為だけに使いたいと。
 それだけを願い続けられればよかったのに。














back top next