Limited lovers −限界宣言ー
12.escape
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先遣隊としてフレイの父親であるアルスター外務次官を乗せた艦が近くまで来ているのだと、知らされたのはストライクに搭乗した後だった。先遣隊と合流し、その後AAが籍を置いている第八艦隊と合流することが出来ればAAの当面の危険は回避されるのだと、マリューは心持ちほっとしたような表情でキラにブリッジから告げてきた。 だからそれまで、もう少しの辛抱だから、と。 無論マリューはキラの体のことも薬のことも何一つ真実は知らない。けれど戦闘後に呼吸困難を引き起こして医務室に運ばれたキラが、何らかの無理を押してストライクに乗っていることは明らかで。あと少し、とその言葉が免罪符になるだろうとは双方共に思ってはいないが、護るのもストライクに乗り続けているのもキラの意志一つ、マリューに今更眉尻を下げられるような話では無い。 「分かりました。ストライク、出撃します」 一つゆっくりと頷いて、ミリアリアの誘導に従いながらストライクをカタパルトに乗せる。向かう先は漆黒の闇。その中の何処かに、目を見張るほどに美しい翡翠がある。 ―――『覚醒』 二人目のEVIDENCEだと名乗ったラクス。彼女に齎された新しい事実によって、戦闘に向かうキラの脳裏をいつもの如く占めるアスランの姿に、思わず僅かな罪悪感と背徳感を覚えて顔を真っ赤に染め上げた。コーディネイターで云うのならキラはとっくに成人している。コーディネイターより優れたものとして生まれたはずの自分ならば、能力はとっくに成人したそれであるはずだ。ならば、いつ『覚醒』が訪れても不思議は無い。 伴侶を決めなければ死んでしまう。まだ信じられないけれど自分はそういう身体なのだという。そう教えられて、咄嗟に浮かんだのはアスランの顔。その事実に愕然としたけれど、こうして考え直してみても共に生きたいと、そして共に死にたいと思えるのはアスランしかいない。 生かされるのならば、アスランを理由にしたいと、思う。 けれど今、男同士であるという問題を差し置いても自分と彼はこうして向き合って刃を交える身。相手を屠らなければならない戦場で、生かして欲しいなどと言えるはずも無い。 そして今考えるのは、自分が生きる道ではない。生きていて欲しいのは、ヘリオポリスで優しく笑いかけてくれた大切な友達。「護るから、大丈夫だから」と、ブリーフィングルームに向かう途中で擦れ違ったフレイと、約束した言葉は紛れも無い本心であり、願いだから。 「キラ・ヤマト。ストライク、行きます!!」 もし『覚醒』の事実を知ったらアスランは何て言うのだろう、と、場違いにも体に押しかかる圧倒的な圧力の中で、考えた。
*** イージスとストライクが対峙したのは、僅かに一瞬だった。アスランは何かを言いたげな迷いを見せ、キラも出来ればアスランと言葉を交わしたかったが、かと言って刃を交えたくは無い。お互いにその思いは通じ合ったのか、キラは専らデュエルやブリッツ相手にし、アスランはメビウス・ゼロやAAと激しい交戦を開始した。 先の戦闘でキラが『発作』により呼吸困難を引き起こした事をアスランは知っている。EVIDEVCEであるキラが戦闘行為を行うなど、自殺にも等しい愚考だ。にも拘らず「友を護りたい」と、そう叫びながら戦場に出続けるキラにアスランもいい加減愛想を尽かしたのかもしれない。何を言われても引く気など最初から無いのだけれど、イージスをモニターの中で敵として認識するたび、もうキラなんてどうでもいいと、そう言われている気がして寒気がした。 戦うな、おまえに殺せるはずが無いと、そう怒鳴って心配するアスランの声は何度戦闘を繰り返しても其処にあるのだと無条件に信じていたのかもしれない。突っぱねられるだけの科白をアスランがいつまでも続けてくれる、保証も確信もよく考えてみればどこにもないのに。 何があってもAAだけは護りきる。ともすればイージスへと視線が向くのを叱咤して、そう何度も念じながらデュエルとビームサーベルで切り付けあう。 そんな、混戦の中の出来事だった。 突然膨大な熱量をレーダーが感知して、撃沈、の二文字がキラの中を駆けた。その次の瞬間レーダーは無常にも先遣隊の存在をロストし、今の今まで先遣隊が居たはずの空間を視界に映せば、其処では一瞬にして残骸に成り果てた先遣隊の艦が煙とデブリにその存在を変えていた。一瞬の炎上でシャトルに非難する間も無かったのだろう、そしてその傍には、ゆったりとその多くの命の終わりを見下ろす、イージスの姿があって。 「…!!」 誰が先遣隊に命の終わりを突きつけたか、その光景だけで否定の仕様が無かった。戦争なのだから、敵の先遣隊など落として当然なのかもしれない。ザフトとしてはAAと第八艦隊が合流することを阻止したいと考えるのは当然のことだ。けれど、そういう理屈の話ではなかった。 優しかったアスランが、誰よりもキラの近くに居て、そして共に生き合ったアスランが、此の時まるで死神か地獄の覇者のように見えて、同じではないのだと、共に同じ孤独を抱えあって世界でたった二人しかいないように生きてきたけれど、キラはEVIDENCEでアスランはSEED、相反する全く違うものなのだと、他の誰でもないアスランに突きつけられた。『発作』が起きれば、アスランは目に映る生けるもの全てを踏み潰す。 「いやあぁ、ぁ、ぁ、パパ…!!」 突如聞こえてきた悲鳴に、キラの思考は現実の戦闘に引き戻された。AAから伝ってきたそれは、考える間もなくフレイのもので。そうして見渡した宇宙空間の中で、唐突に喉の奥から競り上がってきたものを掌で押さえつけて、もう片方の手でパイロットシート下のダッシュボードを懸命に弄った。 此の吐き気は『発作』のものではない。その事実を微かに残る理性が教えてきたけれど、それでも薬が欲しかった。昂ぶりを押さえ、呼吸を楽にし、そして懐かしいアスランの味がする小さな錠剤。けれど先の戦闘で全てを摂取し尽してしまった其処にあったのは、空の薬袋だけで。一瞬にしてパニックに陥りそうになる中で、そんな此方の事情などお構い無しに切り付け、火器を放ってくるデュエルやバスターに対してコンソールを操りグリップを操作することで、どうにか正気を保ち続けた。 そうしてどれだけの時間戦闘が続いただろう。目に見えて動きの悪くなったストライクに、けれどアスランは回線を繋いでこようとはしなかった。がしかしストライクに攻撃を仕掛けることも敵とみなすには不自然なほどに一度も無くて、その裏に隠された意図にキラが思いを巡らせるには、しかしキラの心理状態が限界に近かった。戦うたび、ビームのトリガーに力を込めるたび、遺伝子が司る本能が悲鳴を上げる。薬を求め、この死の匂いが充満するコックピットから、一秒でも早く抜け出してしまいたくなる。例えその外が人間には生を許さない真空だとしても、嘗てのキラの祖である本来のEVIDENCEが悠久を過ごしていた其処に、今にも飛び出してしまいたくなる。 もう限界だ、もう戦えない、と、何度思っただろう。けれど其の度に、全てを投げ出すにはAAで待つ友はあまりに大切だったし、アスランにもう一度でよいから会いたかった。そうして戦い続けているうちに、不意にAAからの全周波放送が飛び込んできた。 それは考えもしなかった、ラクス・クラインを人質にとった逃走劇。 その意味を深く考えるより先に、下ろされた相手の銃口に安堵した。あっけなく帰艦を許されたストライクの中で、懸命にバーニアを操作しながら、キラは。 ストライクをAAの専用ハッチに納めるまで意識を保つだけで、精一杯だった。ストライクの電源を落とした途端暗転した意識の中で、最後に。 闇に輝く碧の星を、見たような気がした。 |
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