Limited lovers −限界宣言ー
11.blood
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「君には、暫く此処にいてもらうね」 迷い無く自分のことをキラ、と呼んでくる見知らぬ桃色の女の子を、艦長に言われたとおりに空き士官室に案内して。彼女がおとなしく其の中の椅子に腰掛けたのを見届けて、キラも少々迷った挙句に自らも室内に滑り込んだ。 本当なら、ストライクの整備をしなければならない。今は戦闘直後だし、自分がしなければストライクの整備は進めるどころか始めることすらかなわない。パイロットであるキラが其処まで整備に携わらなければならない道理があるはずもないが、咄嗟のこととはいえコーディネイターがパイロットとして着任したことを快く思わない整備士達の所為で、とかくストライクの整備は後回しにされがちだ。 しかし、今はところどころが被弾しているだけでエネルギー補充が目下の整備となるストライクよりも、眼前の少女の方が断然キラにとっては気がかりだった。 「…君の名前は?」 腰掛けた少女の前で何から切り出してよいか分からずに立ち尽くしていたキラは、不思議そうなその表情に誘われて当たり障りの無いところから始めることにした。それに、向こうは此方の名を知っているのだから此方も知らないと不公平だ。 「ラクス。ラクス・クラインですわ」 ふんわりと、微笑を浮かべながら堂々と返してきた少女に、知ったばかりの其の名をキラは咥内で繰り返す。 「ラクス・クライン…」 知っているはずが無いのに、聴いた瞬間にどこかで聞いたことがあるような気がした。けれどはっきりとした記憶として思い出せなくて、ついラクスを凝視する。 「クラインの名はキラも知っているのでしょうか。プラントの現最高評議会議長、シーゲル・クラインは私の父ですわ」 「え…」 言われてみれば、確かにテレビで聞いたことのある名だ。シーゲル・クラインもその姿を思い浮かべられるぐらいには、オーブのコロニーに住むキラにとっても身近な存在。其の娘ラクス・クラインが歌姫としてプラントで人気を博しているという話も、そういえば聞いたことがある。 けれど、それならばどうして。国民的人気歌手であるラクスが、自分の名を知っているのだろう。 「キラも、名乗っていただけませんか? 私も存じているのは名前だけ。キラにお会いしたのは此れが初めてですもの」 「あ…」 まだまだ聞きたいことはいくらでもある。けれど、其の全てを見透かしたような紺碧の瞳でじっと見つめられて、キラは小さくごめん、と呟いた。 「僕はキラ・ヤマト。ラクスが僕の何を知っているのか分からないけれど…僕はナチュラルじゃない。だから、地球軍でもない。オーブのコロニーに住んでいたんだけれど、ちょっとわけがあって今は此の艦に友人達と乗ってるんだ」 自分のことを知っている。そう言ってくる人間に、何を何処まで話せばよいのか分からなかった。それよりも、何故ラクスはキラを知っているのか。その答えが知りたくて、キラはどこまでも長くなりそうな科白をふとつぐむ。其の言葉を聞いて、ラクスは考え込むように可愛らしく小首を傾げた。 「…そして、キラはコーディネイターでもない。そうでしょう?」 「――!!」 「EVIDENCE」 言い切ったラクスに、キラはもう何を如何驚けば良いのか分からなくなった。キラがナチュラルでもコーディネイターでもないと知っているのは、アスランの他には両親をはじめとした研究所に関連があるもの達だけだ。もしくは、研究所を取り仕切っているプラント上層部。けれど其処に関連がある人に、如何見てもキラと同じか一つか二つ年下であろうラクスが挙げられるはずもない。 「貴方は、此の世界にたったお独りではありませんわ」 「ど、…うこと…?」 空気が、上手く吸えない。けれどそれは、薬が切れたときの症状とは全く異なるものだった。生まれたときからキラを構成してきた常識が、今眼前から崩されて行く。何の証拠もなくラクスが語るだけの言葉なのに、それを否定することはキラにはできない。キラがこうして生まれて生きている以上、第二第三のEVIDENCEの誕生を否定する要素はどこにもない。 「私は、キラと同種ですわ。貴方より一年遅く生まれてきた、二人目のEVIDENCEです」 「ふ、たりめ…」 「ええ。ですから、仲間が居るのだと聞かされたときはキラにいつか会えるのをとても楽しみにしておりました。写真なども拝見しておりましたから、会った瞬間に貴方がキラなのだと直ぐに分かりましたわ」 にっこりと嬉しそうに笑うラクスに、キラは何も表情を作ることが出来ない。咄嗟に浮かんだのは、今も同じ闇に浮かんでいるはずの、大切な幼馴染の姿だった。ナチュラルでもコーディネイターでもない。互いも違う種ではあったけれど、互いにたった独りしかいないのだという孤独を分かり合えて、互いに互いを生かすことが出来て。アスランさえ居れば生きて行ける、アスランしか理解者はいないのだ、と。信じて閉じていた世界が眼前の少女によって優しくこじ開けられていく。 「キラは、早々に研究所を離れて月でお過ごしになられていたから知らないのですわね…研究はその後も細々と続けられ、EVIDENCEの生態も少しずつ解明されてきておりますわ」 「生態…?」 問い返すキラは何も知らない。EVIDENCEはSEEDから精製される薬がないと生きていけない。それ以外に言えることといえば、生物一つ満足に殺して生きることも出来ない軟弱な、優しすぎる遺伝子のことだけだ。此処は死が蔓延る永遠の闇ではなく、生物が犇く地球だというのに。 「お話すれば長くなります。けれど、きっとキラは知らなくてはなりませんわ」 だって何より、ご自分の事ですもの。と、ラクスは淡く笑ってキラにベッドへ腰掛けることを薦めた。言われるがまま腰を下ろしたキラは、半分夢見心地でラクスの話を聞いている。今のままでも充分人とは異を発しているというのに、これ以上何があるというのだろう。けれど、何を聞かされても「嘘だ」と反論することは出来ない。させない力がラクスにはあった。 「『発作』のことはご存知でしょう?EVIDENCEだけでなく偶然にもSEEDも同様に発現する現象で、共にこの地球との遺伝子摩擦だと言われています。EVIDENCEは名の通り宇宙を飛翔するクジラから取られた、そしてSEEDは完全に人工的な遺伝子です。それが、寄代である肉体の生存環境である地球の概念を飛び越えて本来の遺伝子的な作用を呈する時、肉体的な地球上での生の概念と摩擦を起こす為に苦しまなければならなくなります。けれど、これはあくまで私達EVIDENCEが抱えている基本的な問題に過ぎないのです」 「それはつまり、『発作』の他にも何かある、と…?」 おそるおそる尋ねるキラに、ラクスは表情を変えずに一つ頷く。 「ええ。それを、私達は『覚醒』と呼んでいます。EVIDENCEが成人を迎える為に、潜らずにはいられない生の試練」 「『覚醒』…」 「そうです。EVIDENCEの遺伝子的性格を考えれば、けれど頷かずにはいられないものです。彼らの成人の基準が何であるのかは分かりませんが、私より一年年長であるキラの方が、私より早く『覚醒』が訪れる可能性が高い」 「…教えて」 どこかもったいつけたように語るラクスに、けれどキラははっきりと続きを促した。『生の試練』と明言したところを考えるならば、『覚醒』は死の可能性をも踏まえたEVIDENCEの成人の儀のようなものなのだろう。キラももう16だ。コーディネイターならばとっくに成人を迎えているのだし、EVIDENCEがまだあと数年成人を待ってくれる保証は無い。もうあとそう日が無いのだとしたら、友を護る為にも、再びアスランと平和の中で再会するためにも、今『覚醒』などに負けている暇は無い。 「…分かりました。『覚醒』とは、EVIDENCEとして成人を迎える瞬間のこと。それまでに生涯の伴侶を決め、交わっていれば、互いに生を紡ぐ者としてそれからの生を許され、また伴侶を得ることができなければ惰生を貪るものとして『覚醒』の瞬間に死が訪れます」 「な…」 無茶苦茶だ、と。挙げようとした声はラクスの伏せられた瞳によって遮られた。その無茶苦茶な論理に、キラも、そしてまたラクスも、遺伝子ごと踊らされているのだ。 「研究所で、寿命の短いたくさんの命にEVIDENCEを植えつけた実験が繰り返されました。多くの命はその他者より優れた頭脳と大きな力で最高の伴侶を手に入れ、『覚醒』による死を免れました。けれど…」 「まだ、何かあるの…?」 「寿命でも怪我でも病気でも、伴侶が死を迎えた途端。それまで何の異常も見られなかったEVIDENCEもまた、伴侶を追って死んでいったのです」 「死んだ…?!」 そんな夢のような御伽噺があってたまるか。キラはがたりと身を起こしてラクスをひたと見つめた。けれどラクスは優しく肩をすくめるばかりで、「何度も繰り返した様ですけれど、一つの例外も無かったと聞いております」と締めくくった。 生涯を掛けて愛すると決めた伴侶。そのような相手を得られなければ待つのは死のみだというのは、極端に他者を殺すことを厭うEVIDENCEならではと言えなくも無い。伴侶がいなければ次代を担う新たな命を生むことも無い。そのような無駄な命を生かしておくことさえ許さないからこそ、伴侶のいないEVIDENCEは『覚醒』と同時に不要だと判断されるのだろう。本来ならばこれだけでも支離滅裂な話だが、しかしキラとてEVIDENCE。幼い頃から殺生を嫌がり、肉や魚を食することを極端に怖がってきたキラならば、そのEVIDENCEの意図を理解することはそう難しいことではなかった。けれど。 問題は、後者。 伴侶のいなくなったEVIDENCE が、確かに子を為すことはないだろう。そして、生きているEVIDENCE全てが『覚醒』を通り抜けて伴侶を得ているのならば、伴侶に死に逝かれたEVIDENCEは、やはり無益な死を生み出す無用者なのかもしれない。冷静に考えれば、やはり伴侶と共に死を迎えることは、EVIDEMCEのその破滅的な博愛主義に即しているかのように見える。それでも。 「どれだけ愛している人が死んだって、自分の鼓動は止まらないし、世界は終わりもしない。だから皆世界を憎んで、戦争をするのに…!!」 叫んだキラの言葉に、ラクスは悲しそうな瞳を向けた。ナチュラルだってコーディネイターだって人を愛する。けれど命の全てを賭けるほどに愛したって、戦場に引き裂かれた片割れが何処かで命を落としたって相手がそれを感知することはできない。どれだけ愛する人が死んだって、己の体の血液一粒、世界の砂の一掬いすらもその死を悼みはしないのだ。なのに。 「EVIDENCEだけは、僕らだけは例外だっていうの?!愛する人の終わりと一緒に、自分の世界も終わらせることが出来るというの?それを幸せと、呼べと言うの…?!」 「キラ…」 「そんな人が、今この時代に本当に居ると思うの?僕に出来ると思うの?こうして戦場で戦うしかない僕に…」 大好きな人。一緒に死にたいと思えるくらい、大好きな人。そう考えてキラの脳裏に思い浮かぶのは、今は敵軍でキラの愛機の兄弟機を駆る幼馴染の姿だった。物心付いたときから、キラの世界に居たのは彼一人だ。アスランが死ぬのなら自分も死んでも構わないと思う。けれど、いつ『覚醒』が訪れるか分からない今、敵軍にいる彼と生身で会うことは叶わない。それに、何と言えばいいというのだ。例え自身が生きながらえる為だとは言え、言うのか、彼に。 「抱いてください」と。 男同士で『覚醒』を逃れられるものなのか保証は無い。それに、そう聞いてアスランはいったいどう思うだろう。嫌だと思うかもしれない。キラの命の為に抱いてくれるかもしれなくとも、いくら『覚醒』の為でもそうしてしまえば何かが壊れる。そんな予感がする。其の所為でどれだけ関係が壊れても、もうキラにはアスランと共に生きる生しか残されはしないのだ。 そして、なにより。 アスランをそういう対象として見ることがあまりに自然にできてしまう自分に、キラははたと気付いて愕然とした。 アスランと一緒に死ぬのなら悪くないと思える。けれど其の前に、純粋にアスランに抱いて欲しいと思える。触れて欲しいと思えてしまう。回線越しに聞いた懐かしい声に、もっと甘く自分の名を呼んで欲しいと思う。 けれど、それらは全て、願えば願うほど叶わない幻。 現にキラはAAに居る友達を見捨てることはどうしてもできないし、一度ザフトと地球軍側で交戦した以上ザフトに入ることは出来ない。否、EVIDENCEの体でどっちにしろ軍役は不可能に近い。今が無理を強いているだけなのだと、飲む薬の量で自覚しないわけにはいかなかった。 「…キラ」 ふっと黙り込んでしまったキラに、ラクスが優しく名を呼ぶ。 「突然の説明に心が付いていかないかもしれませんが…けれど、一つだけ」 「ラクス…?」 「貴方は、私と同じ二人だけのEVIDENCEです。ですから、決して、決して…『覚醒』などと言うEVIDENCE特有のつまらない理由の為に、いなくなってしまったりしないでくださいませね」 「…ありがとう」 「私が存じているのは此処までですが…何かお知りになりたいことがありましたら、お答えいたしますわ」 ふわりと、ラクスが微笑む。其の美しさは確かにコーディネイターとしては群を抜いてかけ離れていて、その姿一つでEVIDENCEだと納得させることも不可能ではなかった。 「…SEED」 「…え?」 聞きたいことなんて、彼のこと以外にあるはずがない。 「ラクスは、SEEDも知っているのでしょう?なら、勿論アスランのことも…」 「存じていますわ」 「なら、SEEDにも、君みたいな…二人目がいるの?」 「おりません」 「え…」 「SEEDは完全な人工的遺伝子。成功の是非が其処に掛かっているのかまでは解明されておりませんし、今でも研究は続いておりますが…成功例は彼一人だけ、ですわ」 「そう…」 SEEDはアスラン独りだけ。そう聞いて、微かな安堵と微かな絶望が広がる。アスランはラクスのことを知っているのだろうか。それならば、もうアスランにとっても世界はキラ独りだけに開かれたものではない。 「偶然ながら、SEEDとEVIDENCEは完全なる対の遺伝子。其処に目をつけた研究が、現在最も主力です」 「ど…、いうこと…?」 何だか酷く嫌な予感がして、けれど勢いのままキラがラクスに続きを促した、その瞬間。 艦内に、大きくアラートが鳴り響いた。 スクランブル。 クルーゼ隊の進攻が伝えられると共に、戦闘配備が下された。 途中がけの話を宙に置き去って、キラはくるりと踵を返す。 其の背後に残されたラクスに現われた、何かを探るような、けれど案じるような複雑な表情の意味を。キラが考えることは無かった。 |
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