怠惰と惰性と性欲と 



7.挿れる前に必ず、名を呼んでくる愛しい癖





アスランの唇が降りてくるのが、酷くゆっくりに感じられた。あと少しで触れるというのが待てなくて我慢できなくて、キラは便器から腰を浮かすようにして、その熱を受け止める。せっかちなその仕草に誘われたのか、アスランが強引にキラの歯列を割った。
ぴちゃぴちゃと、静かなトイレに卑猥な水音が響く。次第にキスだけでは足りなくなって、キラは立ち上がってアスランに体を密着させた。スーツ越しに感じる体温は、けれど久しぶり過ぎてキラの感覚を鋭敏にさせる。
「あ、あすら……」
キスの合間を縫って、呼気のタイミングで名を呼ぶ。そうするとアスランは器用に、キラの咥内に吹き込むように名を紡いでくれた。
その空気を感じると、少しだけ足に力が入らなくなる。ぎゅっとアスランに抱きつくことでなんとか感覚を取り戻して、背伸びをしてもっと、とキスを強請る。
そうしているうちにだんだんとスーツ越しでは体温が足らなくなってきて、無理矢理にズボンからシャツを引っ張り出す。アスランはそんなにきつくベルトを締めたりはしないから、僅かの合間でだらしなくシャツの裾は乱れ、キラの手がその中に侵入していく。
真冬の寒さの中を幾らか歩き回った指先は、狭い個室の興奮について行けずに、ひんやりと冷たくて。その感覚に一瞬体を震わせたアスランは、口角を吊り上げて、キラをじっと見下ろす。けれどその視線に気づかないふりをして両の掌を背に伸ばせば、温かなアスランの体温に我慢できずに、ぎゅっと腕の中に抱き締めた。

どうしてこんなに興奮しているのかとか、今自分達が何処に居るのかだとか、キラは冷静に考える事ができた。けれど、もしアスランに今冷静さを取り戻されたら、満足に答えられないことがたくさんある。
何しろ、どうして今になってキラから誘ってきたのか、とか。その為だけに特急線に乗ってきたのか、だとか。本当に、此処でコトに及んでいいのか、などだ。
キラ自身にも分からなかった。アスランが居ない間は、只その事実が寂しくて寂しくて仕方なかったはずなのに、いざ本人を目の前にしたらそれが寂しいだけでは収まらなくて。
いろいろと考えるより話をするより先に、シたくなってしまったのだ。どうしても。

いつのまにかキラはアスランと体を入れ替えられて、便器に座るアスランの、膝の上に抱えられていた。シャツのボタンは全て外され、今ベルトが甲高い金属音を立てて、容易に解かれようとしている。反対にアスランはというと、手早く上着を備え付けのフックにかけて、上はシャツ一枚になっていた。
ばさりと音を立てて、ズボンがベルトと共に床に落とされる。流石は駅に隣接したファッションビルで、トイレは広くて綺麗だ。これなら床に置いても嫌な汚れなんかは付かなそうだと、どこかでぼんやりとキラは思った。けれどそれは一瞬で、僅かに上体を捩じって、顎を上げてキスを強請る。アスランがやわやわと下肢に刺激を与えてくる。それに背中が跳ねるのを極力堪えて、キラはキスをしたまま、アスランの背にしがみついているのとは反対の手で、シャツの上着を外しにかかった。
只されるがままになるよりも、自分から積極的に動く方が得られる快感が強い事を、キラは知っている。時に我慢して与えられる快感をやり過ごして、震える手で攻めるキラをアスランが悦んでくれることを、知っているから。
トランクスの隙間から入り込んで、アスランの手はキラの分身を包み込んだ。その刺激に我慢できずに全身が粟立つ。その所為で最後のボタンを外すことができなくて、キラは恨めしげにアスランを見上げた。けれどその視線にアスランは気付いているのかいないのか、熱に濡れた瞳で、一心にキラの分身を擦り上げていく。その繊細な、キラの弱い処を知りつくした指の動きに耐えられなくて、キラは結局アスランのシャツにしがみついて、肩口を噛んで興奮をやり過ごすことしかできない。声を出すのだけは憚られて、アスランが強い刺激をくれる度に、シャツ越しにアスランの肩までも噛んでしまう。

「あ…、アスラ……っ!!」

肩に血が滲んでしまうのではないかと、そう思うけれどもそれをアスランに伝える事などできない。手早い動きでキラのトランクスはとっくにずり下げられていて、少し視線を落とせば、自身が久しぶりの快感をどれだけ悦んでいるのか分かってしまう。

「あ、ああ……んぅ……」

いつもなら、だめ、と無意識に音にしてしまう。それでアスランが止まってくれたことなんて一度も無いけれど、今回ばかりは何があっても、途中で控えられたりして欲しくない。キラは喉まで出かかる「だめ」を通さないように、最新の注意を払った。そうすれば形作られるのは、意味を為さない嬌声か、アスラン、という言葉だけで。

「キラ…」

 的確な愛撫をくれながら、アスランは何度もキラの名を囁く。直接耳の中に吹き込むようにして送られるそれは、ともすればそれだけでキラをびくりと大きく震わせた。キラの乱れぶりからか確実に一度達かせようとする意志に任せて、キラは再度、アスランの肩口を噛んだ。そうすれば、それを合図にしたようにこれまでとは比べられないほどの強さで、アスランはキラの性器を擦った。その強すぎる刺激にキラは咄嗟に両の腕でしっかりとアスランにしがみついて、唇の端からくぐもった音を漏らす。

「ん、ぁ、ん――――――――……」

耐えられるはずもなく放った熱は、そのままキラの腹を汚していた。余熱に浮かされてぼんやりと目を開けば、アスランはキラのものを、丁寧に指で掬っていて。
それをどうするかとっくに分かっていたから、キラは何も言わない。されるがまま、アスランの指は、先ほどまで執拗に弄られた其処を通り過ぎて、より奥へと進んでいく。

ゆっくりと、アスランはキラのものを練り込んでいく。放ったばかりのそれは自分と同じ温度をしていて、上手く感覚を掴むことができない。無意識にアスランのシャツを握りしめれば、アスランは視線をキラと合わせて、ついばむようなキスをくれた。

そうして全身から力を抜いてキスしていたら、幾らもしないうちにキラはすっかり蕩けさせられてしまった。気付けば後ろにはアスランの指が三本も入っていて、ばらばらにキラの好きな所を突いて来る。そうして与えられる快感は先ほどのものとはまた違っていて、キラはまたしてもアスランの肩口を噛んで声を我慢しなければならなくなった。いつものように「もっと声を」とアスランが強請ることも無く、発散させられない快感はキラの中に燻って、より強く下肢を意識してしまう。

「あ…すら……」

もう堪らない。アスランを自分の中に入れて欲しくて堪らなくて、けれど言葉にできなくて辛うじて名前だけを呼ぶと、アスランは了解した様に、キラを立たせ、前の扉に両手を突かせた。そうして背後から器用にキラの中を弄りつつ、もう片方の手でカチャリとベルトを外す。
ばさりと、アスランのズボンが床に落ちた音が聞こえた。

「キラ……」

挿れる前に必ず、名を呼んでくる愛しい癖。それが鼓膜を震わせて、アスランの指が引き抜かれた。その余韻を残念がる隙もなく、代わって圧倒的な質量が添えられる。それを待ち侘びるようにふるりと尻を震わせてしまって、先端がキラの入り口を擦る。早く来て欲しくて、全部満たして欲しくて、キラはより高く、自分の腰を持ち上げた。
その仕草のひとつひとつを、すぐ後ろでアスランに見られているのかと思うとそれだけで達してしまいそうだった。現にキラの性器は、何の刺激も与えられていないのに勃ち上がり、先端からだらしなく蜜を流している。
そんな浅ましいキラに、此れ以上ないほどゆっくりと、アスランの肉が差し入れられた。まずは先端が、溢れる水音を掻き分けてキラの中を進んでいく。
久しぶりだからとキラを気遣ってくれるその動きがじれったくて堪らなくて、キラがもっとはやく、と腰を揺らめかせた。

その時、がちゃり、と扉が開く音が響いた。
瞬間キラもアスランも全身が硬直して、中途半端に挿入したまま制止する。
本能的に澄ました耳には、一つらしい足音が、入口から幾らもなしに立ち止まったのが分かった。どうやら奥には用事が無く、小用を済ませに来たのだろう。
奥の扉が一つ、閉まっているのにも気付いていないかもしれない。がさごそと、衣擦れの音が聞こえてくる。

どうしよう。
どうしようもないことは分かっているし、今の状態では立ち去ってくれるのを待つしかない。けれども余りに半端に止められた熱に、下肢だけが言う事を聞かない。全身の緊張との温度差からか、僅かにアスランを締め付けてしまう。
その唐突な快感に辛うじて音を嚥下したらしい背後から、ゆっくりと右腕が伸びてきた。その掌がしっかりと、扉に立て付くキラの右手に重ねられる。残った左手が、力強くキラの腰を持ち上げた。

トイレという名に相応しい水音が響く。けれどそれはあまりに僅かで、どんなに小さな音だとしても、二人が立てる音を隠してくれそうにはなかった。
だというのにゆっくりとゆっくりと、アスランは挿入を再開した。キラの肉を押し入り分け入り、快感を引きずり出そうとしてくる。キラは必死にアスランの手の甲に唇を寄せて、音が漏れるのを我慢した。
あまりにのろのろとしたその動きに、キラは却ってその存在を強く認識して、無意識にきゅうと締め付けてしまう。そうするとその度に、アスランは快感をやり過ごそうと止まり、その場に留まってしまう。そうして遅々として進まないそれに息を漏らす事も出来ず、キラは只背中を震わせながら、じっと快感に耐えた。
少しずつ、少しずつ。
刺激が強くなるに従って、アスランの手の甲を思いっきり噛んでしまう。僅かに舌が鉄の味を感じて申し訳なく思ったけれど、唇を話すことなどできない。
そうこうしているうちに水音は止み、再度衣擦れの音が聞こえてきた。もう少しだ、そう思うと緊張が緩みそうになって、キラの唇が溜息を付きそうになる。
やばい、と思った時には、なんとかアスランがキラの口を塞いでくれていた。扉の外では僅かな足音がして、手を洗うのだろうまた違った水音がしている。
アスランの掌は、キラの口を塞いだままだ。
そのまままた僅か、アスランのものがキラの中に差し込まれた。
最奥まで、あと少し。
はやく全部欲しくて一番奥まで来て欲しくて、キラはまたしても全身を震わせた。中途半端では全然足らない。けれども物音ひとつ、熱い吐息ひとつ漏らせない状態では、アスランに強請る手段は何も無い。

本当に、本当にあと一突き、という状態のまま、アスランは耐えた。
もう一度足音が動いて、トイレから物音が消えるのを待った。
そうしてそれは、本当に永遠とも感じられるような僅か数秒の後、唐突に訪れた。何も気付かなかったか、あるいは嫌な予感がして足早に離れて行ったかは分からない。只、足音は扉の向こうに消え、二人の耳には、物音ひとつ届かなくなる。

「はや、く……、ほ、しい、…よ……」

アスランの掌に覆われたまま、くぐもった声をキラは漏らした。もう之以上は一秒だって待てない。もう其れ以上尻を突きあげる事もできなくて、扉に両手を突いて下肢を高々と持ち上げたまま、キラは自分からではどうしようもなくなっていた。

「ん」

最後の一息。
それを戸惑わず勿体ぶらず、アスランは之までにない速さと勢いでもって、キラの最奥に刺した。


快楽が、焦がす。



 *―*



帰路の特急線の中で、二人は一言も言葉を交わさなかった。言葉を紡げるほどキラはまだ自分の気持ちを的確に整理できていなかったし、それよりも。
何か言えば又、今度は周囲の目もある所だというのに、キスの一つすら我慢できなくなりそうなほどに、熱がまだ残っていた。
じっと、じっと。指先だけを強く絡ませたまま、二人は特急線の指定席に座っていた。
視線を向けることすら、できなかった。
全身が性感体になってしまったような気がして、どんな些細なことでスイッチが入るか分からない。

最寄駅に着いた後も、只隣を同じ速度で歩いて。
時折僅か、指先だけを震わせる。
そうして、駅から程近いマンションの、自分達の部屋の扉の前に辿り着いた時、答えは漸く、キラの中に落ちてきた。
音もたてず、唐突に。


ああまた、満たされてしまったのだ、と。








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08.12.29 up