NEVER GREEN age15 vol.1 ---第一印象は最悪だった









 隣接する区域で作戦に当たっていた部隊が、一名のパイロットを除いて全滅したという情報が入ってきたのは、確か三日ほど前だった。
 残った一人の名などはどうでもよかったが、ああ死に損ねたんだな、と。そう思ったから覚えているだけの話。

 そして今日。その噂の生き残りが、この部隊に転属編入してくることになった。

 今朝。昨晩日が昇る頃まで作戦で空を飛んでいたばかりだったから、正直に言えばもう少し眠っていたかった。作戦だけならばパイロットのコンディションを考えたシフト制になるから、こんな寝不足のパイロットを捕まえて、起きろと怒鳴る者など誰もいない。

 そう、日常の全てが、作戦という名の空で満たされているのならば。
 しかし現実には、兵士というものは作戦だけをこなしていればよいというわけではない。作戦前の打ち合わせや上司への結果報告。そんな、作戦に付随してくる煩わしい雑用もあれば、パイロットである前に兵士であるという小賢しい理由で、上司に一斉召集を掛けられることも度々だ。

 たった今、無理やりに目を開いてベッドから起き上がっているのもその所為。
 全く、こんな朝早くに召集があるならあると、昨晩のうちに通達しておいてくれればよいものを。そうすれば、作戦の後、談話室でイザークとビールなど飲まずに、さっさと寝て少しでも睡眠時間を確保していた。
 こういう、まだ寝足りないとぼやく暗欝とした霧掛った脳が、俺は嫌いだ。起きているからには、眼前の事物に敏感でいなければならないと思うからだ。
 陳腐なポリシーではなく、生きる一人の個体として。
 まあそれでも、二日酔いなどという、人にばれたら恥ずかしくて往来を歩けないような病名は持ち合わせてはいない。
 それでも、只の睡眠不足に比べて明らかに全身が重いのは、明け方過ぎにビールを三本飲んだからに決まっている。シフトでは今日はオフだから、つい飲み過ぎてしまったのだ。
 体が重いことは、もうこの際どうしようもない。俺は溜息一つでその気だるさを全部出してしまおうと、床に仁王立ちをして暫く息を吐いた。
 吐けるところまで吐く。そうして脳髄がいい具合に窒息してきたところに、一瞬の恍惚の後、一気に酸素を流し込んだ。
 まるで脳が入れ替わるような感覚。気持ち体が軽くなったような気がして、急いで制服を着込んだ。
 普段の作戦ならば、制服の堅苦しさよりも腕の動かしやすさの方が重要だ。だから特に衣服は規定されていないが、逆に一兵士としての召集における今朝のような時では、着こなしの厳しさは群を抜いていた。
 シャツの第一ボタンまでしっかりと留めて、鏡の前でさっと清潔さを確認する。髪の跳ね具合、今朝の顔色。どれかが基準値を下回れば、大袈裟な身体チェックが待っているのだから余念はない。
 よし、と判断して、俺は部屋を出た。
 通路を黙々と歩く。走るのは嫌いだ。まだ重たい体をせわしなく動かす気にはならないし、別に命の危険が差し迫っているわけではない。明け方特有のしんと静まり返った空気は嫌いではないなと、この時間に起きているといつも思う。
 だがせっかくなら、召集ではなく、この空気の中で空に上がりたいと思う。温度ではなく、感覚で酷く冷たい大気。下手に腕を振っただけでも割れてしまいそうになるほど薄い其れの中を、鋭いエンジン音を響かせながら進んでいきたいと思う。
 まぁ、そんな些細な願いが叶えられるのも、数ヶ月に一度も無いだろう。任務というものは、視界が最も開かれる昼過ぎに始まることが多い。
 カンカンとけたたましい音を立てて階段を昇る。全く、このブリキのように甲高い音はどうにかならないかと何時も思う。喧しくて嫌になる。只でさえ気の進まない上官室に向かう階段を、何もこんな作りにする必要は無い。
 軽くノックをして扉を開ければ、其処には既に、この部隊のパイロットが全員集まっていた。俺を入れて四名。
 多いのか少ないのかは知らない。イザークが俺を睨んで来る。いつものことだ。全く、昨夜は俺より二本多くビールを飲んでいたくせに元気だ。まぁ、今に始まったことではないが。

「揃ったな」

 ぐるりと室内を見渡す。見慣れたパイロットが三名と、上官。後は知らないやつが一人。
 もう話の要件は分かっている。彼が、数日前に噂になったパイロットだろう。何日前かは忘れたが、唯一の生き残りのやつだ。
 人に対して感情が動くことは滅多にないと自負している俺が、ついその話に聞き耳を立ててしまったからよく覚えている。
 否、まだ忘れていないだけだ。
 可哀相に。死に損ねた以上、次の死に場所に来るしかない。
「本日付で我が隊所属になるパイロットだ。名前はキラ・ヤマト。部屋はザラと同室になる。初任務は明日の昼、エルスマンと行う予定だ」
 壁に背をもたれさせながら、不躾だとは思ったがじろりとヤマトを見た。意外だったからだ。
 他の奴らが何を考えてパイロットになったか知らないが、とりあえず俺の知る範囲ではやつらは全員死にたがりだ。何時死ぬか、死んでいけるかとそんなことばかりを考えている。だから死に損ねることは、苦痛だ。
 だというのに上官の隣に姿勢よく立つヤマトは、何故だか笑っている。転属なんて煩わしいだけだ。別に仲良くなる必要も義務も無い。
 そんなことは分かり切っているはずなのに、どうして笑みなど浮かべているのか。
 不愉快だ。
 パイロットならパイロットらしく、死ねなかったことを悔やめばいい。もう一機、自分より手ごわい敵が現れていれば死ねたかもしれない。手を抜くことは傲慢で、最も卑劣な行為だ。だがしかし、死ねば全てから解き放たれる。
 その瞬間を逃したことは、明らかにパイロットの不運だ。

「以上だ。ヤマト、一言」

 上官に促されて、ヤマトは笑みを張り付けたまま、少なからず困り顔も上乗せして一歩進み出た。
「はい。えーっと、キラ・ヤマトです。行くところが無くなってしまったので、暫く此処で厄介になります。よろしくお願いします」
 ヘンテコな挨拶だ。だがしかし、飾り気は無い。
 どうせ一瞬だけの味方だ。だというのに、無駄にへらへら笑って擦り寄ってくる様な奴を、これまでにたくさん見てきた。
 がしかし、同じように笑っているものの、このヤマトというやつはどこかが違う。
 何がどう違うのか考えたものの、すぐに答えが出るわけでもない。その不自由さが癪に障る。パイロットなど、俺も入れてどいつもこいつも同じやつだ。
 …違うやつがいて、たまるか。
 もう用は済んだだろう。すぐ脇の扉から室を辞したが、誰にも咎められなかった。
 同室だということは、そのうちヤマトは部屋に来るのだろう。煩わしい。できれば、彼とは関わり合いになりたくない。
 寝直すに限る。
 寝ていれば、ヤマトに関わることもない。
 睡眠が足りていないからこそ、こんな詰まらないことで苛々する。今日は何もないから、脳が満足するまで寝かせてやろう。
 カンカンと響く、やかましい階段を早足で降りて、部屋に向かう。
 上官室から一番遠い部屋を割り当てられたことすらも、今は苛つく一因にしかならない。
 全く、どいつもこいつも。
 乱暴に制服を畳んで、ベッドの端にかける。
 二段ベッドの上は、少なくとも俺が来てから一度として使ったことは無い。
 埃が溜まっているに違いないと、そう考えただけでもう一瞬も起きていたくは無かった。
 つい先ほど起きた、そのままになっている乱れた布団にこれ以上苛つく前に、俺はその中に滑り込んだ。

 無理矢理に深呼吸。そうすれば、どんな時でも寝られる。
 






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