Sacred Evil 7






 どれだけ叫んでも自身を傷つけるだけにしかならないキラの言葉を、一瞬でも早く止めてしまいたくて。
 現実を言葉にしてだんだんと躯の震えを増していったキラに、それでもしてやれることなんて、一つしか思いつかなくて。

 今にも壊れてしまいそうで、気付いたら駆け寄って抱きしめていたのだから仕方ない。


 キラの言い分が分からないほど馬鹿じゃない。

 キラがアスランを愛してくれていること、だからこそ喰らいたくない、躯を快感に委ねてしまいたくない、アスランを避けたいと思っていること、そんなことはキラを見ていれば簡単に分かった。


 もしこれが他の状況だったなら、キラの願いをいくらでも叶えてやれるのだけれど。


 口付けながら瞳を合わせれば、その周りに深く残る涙の痕がはっきりと見えて。
 それらは間違いなくキラがアスランの為だけに付けてくれたものだ。
 そう思えば、只キラの何かもが愛しくて、そして。

 抱いた思いが、更に強固に固まっていくのがはっきりと分かった。


 耳に届くのは、己とキラの触れ合った場所から漏れる些細な水音のみ。
 けれど他に響くものは何も無くて、それだけがやけに大きく、自身のなかへ差し込まれる空気の音さえも感覚が拾い上げて全身を支配する。
 

 キラしか考えられない。
 それがバンパイアの力だといわれても、そんなことはアスランには関係なかった。

 アスランがアスランの意志で、キラのことしか考えていなかった。


 だからそれと同じ分だけ、キラからも想いを返して欲しくて。


 キラが本能に溺れて前後の見境が無くなるように、己に律した誓いなどかなぐり捨てて、思うが侭にアスランだけを求めてくれるように。
 アスランは執拗にキラを追い立て、舌を絡ませて歯列を撫でる。


 昨晩、どれだけアスランがキラを愛しても。
 キラは返してくれるその深く大きな愛の為に、必死に欲望を押さえつけて、どこか酷く、遠くて。


 キラの想いを、例えそれが生への執着だけであったとしても。
 真っ直ぐにぶつけられて朽ちていった彼に、抱いた感情は、たったひとつ。

 あまりに。明確な。


 呼吸のできない苦しさに胸をどんどんと叩いてくる、その抗議に負けてやっと唇を離せば、そこには。
 一筋の透明な糸が、確かに二人を繋いでいて。

 瞳の色を混ぜ合わせるほどの近さで見る、どこまでも透明な彼女の紫玉に浮かぶ、劣情の色。

 本能に負けかけている彼女に贈るのは、愛しくて仕方のない、心の底からの笑顔。


 結局の所愛なんて、何よりも激しい本能だから。


「俺が喰いたいか??」


 確認するように呟けば、一瞬頷きかけたのは恍惚な表情を浮かべる妖しいキラ。

 けれど一瞬で理性を取り戻して首を振ったのは、懸命に生きたがる可愛い人間のキラだ。


 どちらも、つまるところキラなのだけれど。

 路地の片隅で絶えていった男が、確かに残した感情があるから。


「教えて、やろうか」


 意味深な言葉をキラに掛ければ、自らの葛藤から一時抜け出たキラが、不思議そうに首を上げて。

 瞳で、アスランに科白の続きを促した。


「俺がさっき血を吸ってるキラを見たときに、最初に何を思ったのか」


 びくんと跳ね上がる両肩を、抱きしめる腕に力を込めることで諌めてやる。
 こわごわ表情を覗き込んでくるキラに、心配は要らないとひとつ笑っておいて。
 ふっと消した笑みに、腕の中の躯が強張る。


「………嫉妬したんだよ」


「え……??」


 予想外の言葉だったのだろう、感情を持て余すような瞳が向けられて。
 その無防備な姿に、もう一度深い口付けを交わす。

 抗議するように硬く閉じられた唇を割って。

 だんだん熱に浮かされていく瞳を眺めながら、アスランはそっとキラを押し倒した。


 ようよう離した唇を、順々に首筋まで落としていって。

 深く胸元を吸い上げれば、刺激にキラの腰が大きく跳ねた。

 もったいつけるように胸を一つずつ愛撫して、鎖骨も首筋も腹部も、考えられる限りのキラのすべらかな肌に口付けを贈って。

 そうして戻ってきた唇への刺激に、会話の続きだったことを忘れたようなキラの濡れた瞳が、出迎えて。

 まずついばむように触れ合った其処を、キラの方から深く求めてきた。

 そうしてまた、離される互いの距離を糸が繋いで。

 名残惜しそうにそれを目で追うキラを楽しみながら、視線を真っ直ぐにあわせて互いを覗き込む。


 キラの綺麗な紫紺の中に、くっきりと映るアスランがいる。

 互いの瞳の中で合わせられた翠と紫が、どこか儀式めくようにゆらめいて。


 

「おまえの全身全霊で、愛されたいって思った」



 告げた言葉に、組み敷いた相手から言葉にならない吐息が漏れる。

 
 思い当たることが、無いはずは無くて。

 その先にアスランが何を望んでいるのか、キラに分からないはずが、なくて。


 拒絶の言葉なんて上げさせないように、一瞬の後にはアスランの指先が性急に行為を進めていく。

 既に充分紅く上気したキラの躯に、それを拒む術などない。


 昨日から求め続けてる互いからの刺激は、どんな催淫剤よりも強力で。


 キラの方も、もうシラを切り通す余裕なんて、何処にもあるはずがなかった。


 どんどんと深いところへ愛撫を重ねていくアスランに、バンパイアであるはずのキラが引きずられて。
 開いてはいけなかった本能の蓋が、最愛の彼の手で抉じ開けられて行く感触は、えもいわれぬほど、幸せで。

 昨日のように、どこか性急さを迷う手つきは消えうせていて。
 高めあう快楽はそのままに、この世のものとは思えない充足感に二人共に堕ちていく。

 アスランも、男として愛する女性を思うがままに求める。
 自分が何をしているのか分からなくなるほど、感じるのはキラの体温と、欲に溺れて乱反射する紫玉と、上がる甲高い嬌声だけで。
 
 
 決してしないと自分に課した、その誓いが破られるのがキラには分かった。

 眼前に露出される白い首筋。
 幾つも幾つも紅い華を咲かせた其処が、いまかいまかとキラの白い切っ先を、待ち侘びているような気さえして。


 いったい何時までアスランを求めていたのか、それすらも分からないほどにキラは快感に狂っていた。

 ただ、最後に合わせた唇の、互いの中に落ちて溶けるように。
 舌を絡めあったまま囁いた互いの名前が、いつまでも。

 二人が此処に居た証になって、残れば良いのにと切に願った。


 過去にも未来にも二つとない、今だけの二人の愛が続く。


 与えられる刺激のたびに意識を手放しかけて、代わりに本能が剥き出しになる。

  その一歩手前でアスランが、何かを感じたのかキラの耳元に吐息を寄せて。

  伝い来た彼の汗にすら快感を覚えていたら、そっと呟かれた言葉一つ。





 ――――――待っていろ





 それが何の意味を為しているのか。
 甘く熟れたキラの思考では、まだ全てを受け止めることはできなかったのに。

 彼の科白を感じた途端、流れた涙の意味だけは。ずっと前から知っているような気がした。





 人のいなくなった広大な都に、永遠と宴は続けられる。




 

 二人を見守る沈黙の十字架が、微かに月の光を反射して。

 まるで未来を約束するように、そっと二人を照らし出した。





 いつまでも、いつまでも。





 時が、止まるまで。



























 
 --------Amen
 








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